その他CP | ナノ



 カタカタカタ、と定期的にキーボードを叩く音がする。休日のお昼から、新宿にある事務所では忙しなく音が響いていた。休日とあって助手であり秘書の波江の姿は無い。デスクの上に広がるパソコン二台と携帯を交互に見ながら仕事をこなしていく。急ぎの用事な訳ではないが、今日はかなり気分が良い。仕事が捗るのだ。
 波江が居ないからと言って、事務所に誰も居ない訳ではない。臨也の事務所にはある日から、アンドロイドが居るのだ。

「折原さん、はい、紅茶」

 それがこの、サイケデリックである。製造番号二番のこのアンドロイドは、池袋最強と呼ばれる平和島静雄の姿をしていた。
 サイケデリック。通称デリックは、臨也の仕事の合間を見てお茶を出すのが日課だった。毎日入れるデリックの紅茶はいつの間にか絶品のものになり、臨也の疲れた心を癒す。

「ありがとう」

 ほんのりと香る紅茶の匂いに頬が緩んだ。優しく微笑み、デリックに言うと、笑顔だったデリックの表情が固まる。何が変な事を言ったかとふと思った時、デリックは肩を震わせ始めていた。

「おおおお、折原さんが笑った!」

 そりゃ笑いますよ、人間だもの。
 臨也が笑みを見せたのがそんなに嬉しいのか、デリックはあわあわと慌てふためき持っていたトレーで顔を隠す。なんだその反応は、と淹れてくれた紅茶を飲みながら小さく笑った。
 デリックが来て、第一声に言った言葉を臨也は忘れていない。新羅の隣に立つ静雄と瓜二つの顔は、臨也の事を視界に捉えた時、目を見開き、口を震わせていた。そして距離を一気に詰めると、臨也の手を握っていた。

『好きです』

 その一言だ。初対面で、デリックがアンドロイドである事すら知らされていない時に、静雄のようなそれに、好きだと言われた時の衝撃といったらない。
 静雄とは違う。とてもまっすぐで、感情がすぐ表に出てしまう。自分で言った言葉に恥ずかしくなって顔を隠すなんて日常茶飯事だ。

(俗に言う、ヘタレってやつだよねえ典型的な)

 そこがデリックの良いところだと言われたらそうなるだろう。個性と言ってしまえばそうだ。

「デリオ」
「デリオじゃないです、デリックです。なんスか折原さん」

 なんでもないよ、と笑えばまた恥ずかしそうに視線を外すデリックの表情を楽しむ。紅茶をありがとう、と言うだけで本当に幸せそうなデリックを見ているのは嫌いじゃない。
 ティーカップを置いて、またパソコンに向かおうと椅子の向きを変えた時だ。デスクに置いてある、卓上カレンダーがふと目にはいる。

(なんだ、もう一年も経つのか)

 それから毎日、紅茶を淹れてくれているのか。
 デリックは洗濯した洋服類をまとめて、畳んでいた。先ほどの臨也の笑顔で上機嫌なのか、鼻歌が聞こえてくる。一年も、ずっと傍に居てくれたのか。

「デリック」

 今度は何かと視線だけをこちらに向けてくる。その視線も、どこか落ち着くものだ。

「何か、して欲しい事とかある?」

 その言葉にデリックは立ち上がり、目を瞬かせる。何を言い出すのかと驚いているのだろう。本当にデリックはわかりやすい事この上ない。

「お、俺が折原さんにっすか!」
「すっよ」

 お願い事…お願い事…、とデリックは呟き頭を抱えている。願い事の一つや二つ、普通はあるものだろう。自由にさせてはいるが、要望を聞いた事はなかった。
 漸く考えがまとまったのかデリックは伏せていた視線をあげ、臨也を申し訳さなそうに見つめる。何? と臨也が首を傾げると、言葉に詰まりながらも小さな声で言った。

「臨也って、呼んでもいい…ですか…!」

 それはそれは、告白する男児のように恥ずかしそうに、嬉しそうに。思わず呆気にとられてしまう。

「ふふ、あははっ! うん、うん、いいよ」

 ほら、呼んでみなよ。クスリとほほ笑むとデリックは視線を泳がし、震える唇でその名前をつぐむ。

「いざ、や、…さん」
「さんってつけたら今と大して変わらないじゃない。ほら、いざや」
「い、いざや…」
「まあ、合格かな。デリック、紅茶のおかわりくれる?」

 慌てる様子でデリックはキッチンへと向かい、ティーポットを片手に戻ってくる。真っ白なティーカップに注がれる綺麗な黄金色。伏せられる長い睫がとてもきれいだ。これが人間ではなく、アンドロイドだというのだから驚きである。

「今日で、君がここに来て一年が経つんだ」

 ―――…ありがとう。
 初めから好意を抱き、今の今までともに過ごしてくれた事。あらゆる人間に最低だと言われても、デリックだけは変わらず隣に居てくれたのだ。日に日に美味しくなる紅茶は、デリックが臨也を思って注いだからなのだろう。
 ぽたぽた、と注ぐ紅茶とはまた別に水の音がした。ふと見上げると、デリックのピンクの瞳から涙が溢れていた。思わずぎょっとする。泣く程のものか。

「ちょ、ちょっと、どうして泣いてるのさ」
「う、嬉しくて…!」
「ホント、君は単純な奴だね」

 誕生日、というのは少し語弊があるかもしれない。デリックはアンドロイドであり、人間ではない。だが、こうして泣きもするし恥ずかしいと思いもするのだ。

「とても美味しい」

 三百六十五日かけてつくりあげられた紅茶は、風味だって舌触りだって、格別なものだ。
 えぐえぐと泣き続けるデリックが少し面白い。ネクタイを引っ張り強制的に前かがみにすると、そのままその唇をそっと奪った。

「おめでとう」

 一瞬にしてデリックの顔が赤くなるのを眺めて、臨也は笑う。一層止まらなくなった涙はぼろぼろと零れ、かっこいい顔が台無しになってしまっている。ありがとうございます、とえずきながらデリックは言った。



(20111027)

デリック誕生日お祝い!
ヘタレデリックさんです。ツイッタのデリオと折原さんが好きです。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -