A melody of love. | ナノ



聞きなれたチャイムの電子音を合図に授業が開始される。コツコツと教師は黒板に数列を並べ、生徒はひたすらに板書する。静雄もまた、必死に板書をするひとりだった。


臨也は昔、自分が天才ヴァイオリニストだった事にコンプレックスを抱いてるんだよ。


昨日、門田から瞳を伏せ告げられた言葉を静雄は信じる事ができなかった。ふとペンを持つ手が止まる。確かにヴァイオリニストかと聞いた時、微かに顔をしかめていた。静雄は出会った頃のことを思い出す。折原臨也、とノートの端に名前を書くと、下手くそシズちゃん。と言う声が聞こえるような気がして、シャーペンを置いた。

(あんだけ巧くて、成功したアイツがコンプレックスを抱く意味がわからねえ。)







退屈だ、と第一に臨也は思う。簡単な内容の数式、考えればすぐにわかる化学の実験。基本的な授業はつまらなくて困る。臨也は頬杖をつきながらぼんやりと空を眺めた。

(ヴァイオリンが弾きたい、)

いつだって頭の隅にある感情。ヴァイオリンを弾いて、自分の世界へと行けたなら。ただそれだけで、臨也は満足だった。放課後は練習室に行こうかなあ。昨晩暗譜したものを確かめたい。ぼんやりと空を眺めながら、放課後の予定を考えていた。







「練習室?」

「ああ、音楽科の棟だが個別に予約をすれば借りられる部屋があるんだよ。」
「へえ、すげえな。」
「もちろん防音だから練習し放題って訳だな。」


お昼休み。
門田は面倒見がいいせいか、昨日のように今日もまた静雄に声をかけた。静雄もまた拒否する理由も無く、悪いイメージがある自分に声をかけてくれる奴を突き放す程嫌な奴ではなかった。
門田は毎朝臨也と共に登校してくる。臨也と仲が良いせいか音楽棟の事をよく知っていた。練習室の事もそのひとつだった。

「まだヴァイオリンやり始めたばっかりなんだろ? 暇そうな先生引っ張って練習すればいいんじゃないか?」

確かに静雄は未だしっかりと弾ける曲などはない。素人に近い腕前だ。毎晩練習はしているが、放課後から音を気にせず練習をできる事は静雄にとって好都合だった。自分が普通科に居る以上、音楽科には実習時間があるが普通科にない、その分の練習時間を確保しなくてはならなかった。よし。と静雄の中で決心する。

(放課後は練習室でみっちり練習すっか!)









「うわ、マジで?」

臨也は、練習室の予約表を指でなぞりながら顔をひきつらせた。平和島静雄。雑に書かれたその名前に臨也は見覚えがあったからだ。

「静雄って、シズちゃんの事だよね? あーうん、きっとそうだ。あの見た目で平和島とかふざけた名字なのはきっと世界でシズちゃんぐらいだ。」

昨日出会った金髪の彼。真っ直ぐな瞳を持つ、平和島静雄。書かれた名前をそっとなぞり、部屋を確認する。402号室。そこで、げ、と声を洩らした。手に持つプレートには401号室と書かれている。それは予約する際に渡されるものだった。

「隣の部屋とかどんな苛めだよ…嫌になるなあ…」

臨也は練習するのをやめようかとも考えたが、静雄が隣の部屋を使っているというだけでなぜ出直さなければならないのだ。と舌打ちを打った。ヴァイオリンケースを持ち直し、早足で部屋に向かう。401とあるのを確認し、ドアノブを握った瞬間、ふと耳についた旋律があった。

(練習、してるんだ。)

未だガタガタな音程。少し聴いただけで、それが静雄のものだとすぐにわかる。揺れる音に吹き出しそうになるが、

(必死に弾いてるねえ。)

静雄がどんな思いで弾いているのかは、音を聴けばすぐにわかる。必死に音を奏でている。巧くなりたい。もっと曲を弾きたい。静雄の想いは単純で純粋だった。
臨也は手を添えたドアノブを離し、隣の部屋のドアを見つめる。

「…………あ、」

そして、そのドアが完璧に閉まりきっていない事に気が付いた。少し億劫になりならがもそのドアに近づき、ドアノブを握れば回す事無く簡単に扉は開く。音もなくドアを少し開き中を覗くと案の定、そこには静雄の姿があった。

ドアから背を向けるような形で静雄はヴァイオリンを構え、弓を動かしている。静雄は臨也が入ってきた事にも気がつかない程に集中していた。

静雄の姿に臨也は息を飲む。決して巧くない。否、下手だといっていい。そんな静雄の演奏になぜか圧倒されていた。静雄の奏でる旋律だけがこの空間を支配していたのだ。
かっこいい。ただそれだけだった。長い腕が巧みに動き、しっかりとした肩に固定されたヴァイオリン。しなやかな指の動き。ただただ臨也の中で、なんてかっこいいんだろう。という感想しか浮かばなかった。昨日までの彼とは違う一面。ぐっ、と胸を鷲掴みになれたような感覚。


「………あ?」

演奏は途中で途切れ、臨也は我に返る。マズイ、と思うより前に静雄は臨也の姿を見てしまっていた。怒鳴られると身構えた臨也だったが怒声は一向に来ずに、チラリと静雄を一瞥すると微かに頬を赤らめながら、あたふたと焦っているように見えた。

「き、聴いてたのかよ!」
「言っておくけど勝手に入ったわけじゃない!…ドアぐらいちゃんと閉めといて。」
「だからって入ってくんなよ…!」

ありえねえ!と静雄は叫びながら暫く黙った後、小声でどうだった、と聞いてくる。臨也は予想外の静雄の態度にぽかんと瞳を瞬かせたが、ただ純粋な感想を口にした。

「下手くそだった。」

ぴしり、と音が聞こえそうな程に静雄は肩を震わせ、硬直する。そんな静雄をお構い無しに臨也はそれと、と続け、静雄がもういいと制止をかけるよりも早くに言葉を口にした。



「…かっこよかった。」



え、と口にしたのは臨也だったのか静雄だったのか。臨也は己が何を口にしたのかを理解した瞬間に否定の言葉を並べ立て今のは無かった事にして欲しいと叫んだ。静雄は目を丸くし、出ていこうとする臨也を呼び止める。

「なに、俺も練習す、」
「頼みがある。毎日なんざ言わねえ。週に1回でもいい。俺にヴァイオリンを教えて欲しい。」

真っ直ぐすぎる瞳に、目を反らす事ができずに臨也はいつの間にか了承していた。自分に利益もない取引に応じたのだ。だが、了承した後の静雄の安心したような柔らかい笑顔に見いってしまったのもいつの間にかの出来事だった。



gentile
(穏やかな、笑顔。見とれてしまったのはきっと、君の事が、)



(20101115)



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