A melody of love. | ナノ




「やっぱりいいや」

折原臨也だと名乗った彼はどうでもよさそうにポツリと呟いた。
え、と静雄が息を飲むと臨也は溜め息をひとつついて、何事も無かったかのようにヴァイオリンを片し始める。

急変した臨也の態度に、開いた口が閉まらなかった。

「おい!ちょっと待て!」

静雄の呼び止めも聞こえていないのか、淡々とケースへヴァイオリンを片し、折原臨也はその場を去ろうとする。

「じゃあ、せいぜい頑張りなよ」

あの鼻で笑ったような声。
こちらをちらりと一瞥し桜吹雪に消えた。

ちりん、と自身のヴァイオリンケースに繋がれた鈴の音だけが、静かに響くだけ。

静雄が伸ばした腕は行き場を失い、ただ空を切るだけに終わった。









あれから、数日、
―――…来神高校、入学式。

華やかに飾られたホールに新入生は肩を並べ、校長のあいさつを聞いていた。
静雄はイライラとした面持ちでパイプ椅子へと腰掛け、目を伏せていた。

本校へようこそから校風や行事、教諭についてゆったりとしたトーンで話し続け、何分が経っただろうか。
話が長いのだと何度悪態をついただろうか。
そんな非常につまらない校長のあいさつは、これからの高校生活を楽しんでください。という在り来たりな台詞で締め括られた。

ようやく終わった…、と頬を緩ませると起立、と促される。
長かった式が終わりへと近づき、最後、新入生からの一言までとなった。
凝ってしまった肩を鳴らし、息をついた時だ。



『新入生より、…新入生代表音楽科、折原臨也。』



はい、と凛とした声がホールに響く。
礼!と言った司会の声を聞き逃がそうになる程に、静雄は動揺していた。

新入生の列から離れ、来賓者に頭を下げる。
そして教諭に頭を下げ、ステージへと上がったその姿は、紛れもなく数日前に公園で出会った折原臨也、その人であった。

(マジかよ…!)

同年代だというのは知っていた静雄だが、まさか同じ高校に入学しているとは考えもしていなかった。
あの憧れのヴァイオリニストの折原臨也が、学科は違えど同じ場所に立っているのだ。


臨也は上質な紙で作られた冊子を開き、透き通るような声で読み上げる。
その姿に釘付けになり、静雄は…ある決断を下した。

「……、新入生代表、折原臨也」

ぱたりと冊子を畳み、一礼し臨也はゆっくりとした歩調で列へと戻る。
閉会の言葉で、長かった入学式は終わりを告げたのだった。









各教室へと戻り、SHRが始まる中、静雄は普通科校舎の向かいにある音楽科校舎へと歩を向けていた。
ずんずんと大股で進み、正面玄関に張り出されたクラス割で確認した折原臨也のクラス、1年B組を目指す。

音楽科と普通科では制服のカラーが異なっている。
音楽科はグレーを基調としたブレザー、タイを付けるが、普通科は紺色を基調としネクタイを着用するのだ。
そのため、その人間が普通科かはたまた音楽科なのかは一目瞭然というやつで、明らかに普通科の静雄は音楽科の校舎ではかなり浮いた存在となっていた。

だが静雄自身は気にしていないのか一直線でB組を目指す。
ちょうどSHRが終わったのか数人の生徒が、さようならと言いながら教室を出ていく姿が見える。
探し人が出てくるのを見計らい、静雄は声を上げた。

「おいっ!」

ぐっ、と臨也の腕を掴めば驚きの色に染まる赤い瞳が静雄を映す。

「ああ、昨日の、」

金髪くんだー、と気の抜けた声を発する臨也に静雄は強く睨み付け、数日前に言えなかった言葉を口にした。

「平和島、静雄。金髪くんじゃねえ、覚えろ」


きょとんとした瞳は暫く瞬いた後、へえ、と口元が弧を描く。

「じゃあ、シズちゃんって呼ぶね? 下手くそシズちゃん。」

くすくす、と臨也は口に手を添え笑った。
その態度に静雄は掴む腕に力を込めると、臨也は苦い顔をして腕を払う。

「俺に名前を覚えて欲しかったら、もっと上手くなりなよ」

あの音はひどかったねえ、と瞳を細め笑う臨也に、数日前、初めてヴァイオリンを弾いた時の事を言われているのだと気付く。

(――…っ聴かれてた!)

あまりの羞恥に声を荒らげそうになるのをぐっと堪える。
そんな静雄の態度が面白いのか、臨也は静雄を覗き込むように下から顔を見上げてみせる。

「下手くそシズちゃん、」


にっこりと笑っている顔はどことなく人を小馬鹿にしているもので。
静雄は相手が憧れの人だという事も忘れ、耐えていた筈の怒声を上げてしまっていた。

公園で見た切なそうな表情とは裏腹に、楽しそうに臨也は笑って廊下を駆ける。

追う静雄は臨也の背に背負われたヴァイオリンケースに気付いた。

(あぁ、本当に“折原臨也”なんだな…)

自分の人生を変えてくれた憧れのヴァイオリニスト、折原臨也。
こんなひねくれた奴だとは知らずによくも想い続けたものだ、と静雄は自分自身に感心していた。

いつの間にか走る足は緩やかになり、遠くなる背中を見送った。



risoluto
(決然と、少年の胸にはある野望と願いと想いがあった)



(20101015)

キャラ像を現代静臨にしたら雰囲気をぶち壊された件!



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