A melody of love. | ナノ



流れる旋律に息をするのさえ忘れて、ただ立ち尽くつくした。
演奏終了と同時に湧き上がる感情に気づけば拍手を送る。
閉じられた瞳がうっすらと開かれ、桜吹雪とともに髪が流れた。

しっかりと視線が交わり、静雄は感激の言葉を口にしようとした瞬間、

「立ち聞きなんて、最低だねえ」

聞こえてきた、軽く鼻で笑った呆れたような声。細くなった瞳。

「こんな人が少ないところでひっそり弾いてるんだから空気読んでほしいよね」

肩をすくめながら笑う黒髪の彼に、静雄は眉を吊り上げ、わなわなと怒りが沸き上がってくるのを感じる。
叩くつもりだった手は握り拳へと代わり、持つヴァイオリンが悲鳴を上げた。
やべっ、と慌てて両手で抱き抱えるとそのヴァイオリンに気が付いたのか黒髪の彼は瞳を丸くした。

「それ…ヴァイオリン…?」
「あ?ああ…そうだけどよぉ」
「……ヴァイオリンを弾くの?君が?」
「文句あんのかよ」

へえ、と感心したように下から上まで視線に流してくる彼に、静雄はソリが合わないと判断したのか舌打ちを溢し身を返した。

あの「アヴェ・マリア」は涙が溢れそうになる程の素敵な演奏だったのに関わらず演奏者があれか、と落胆する。
どこか懐かしい、自分の理想に近い旋律を奏でるヴァイオリンの音色だったが、あの瞳はどうも好きにはされそうになかった。

(全てを諦めてるような色だ)

くしゃりと草を踏みしめた時、ねえ、と声を掛けられ無視するのも気が引けると思った静雄は何も言わずに振り向いた。


「諦めなよ。ヴァイオリニストになるのは簡単じゃないよ」


―…手前に何がわかる!
突然の否定に、叫び出しそうになるのを静雄はぐっとこらえた。
今までも色んな人から無駄だ、無理だと言われて来た静雄にとってその言葉の通りに諦める、という考えを導きだす事など出来る訳がなかった。

どこか寂しげで、瞳の奥が真っ暗な彼。
演奏している時は、あんなにも美しかった面影はもうそこには無い。

「手前はヴァイオリニストか。」
「元、かなあ」
「……俺は、俺のしたいようにする。今、曲が弾けなくても必ず弾けるようなってみせる。たとえ音色が汚くても、綺麗になるまで努力するだけなんだよ。」

諦める訳ねえだろ、と吐き捨てると黒髪の彼は一瞬呆け、そっか、とだけ呟いた。
あかい瞳は伏られいて、見えない。

横見で彼を見ながら静雄はその場を後にする。
ヴァイオリンをケースに仕舞うと、ちりん、と鈴が鳴った。

「ねえ、名前は?」

鈴の音と共に流れるように彼の声が静雄を呼び止める。

「……なんだよ、」
「名前、聞いてもいいでしょ?」
「…、名乗るときは―…」

自分から名乗れ、と相手の態度が気に入らずに冷たい態度になる。
こんな態度ならば相手も気を悪くしてもう何も言ってこないだろうと息を吐いた。
あんまり言いたくなんだけどねえ、と呟く彼に対し、今度は自身が目を丸くするとは思いもせずに―…。




「折原、臨也」




振り向く事さえ忘れた瞬間だった。

「ほら、名前、教えてよ」


「折原…なんて読むのかな。やっぱり同じ年齢だね。彼も小学生なんだ…すごいなあ…」

昔、テレビで見た少年の名前はなんだっただろうか。
映る少年の髪の色は。瞳の色は。
演奏を聞いて、懐かしいと感じたのは――……。


「嘘だろ…?」


何が?と気の抜けた声を掛けられるが静雄は未だに状況を把握出来ずに居た。

「折原、イザヤ?」
「そうだって言ってるじゃん」
「ヴァイオリニスト、の?」

自分がヴァイオリンを手に取った理由。それは同年代であろう彼と…。

「………そうだね、」

どこか寂しげな声。
静雄は、はっとなって振り向くと一層鮮明に記憶が蘇ってきた。

(天才ヴァイオリニスト、折原臨也…)

目の前に居る大きな存在に息を飲む。
結して口を開いた時、臨也も同時に口を開いた。



unmerklich
(気付かない程微かな、その変化は桜吹雪に隠れてしまっていた)



(20101007)

出会い編。
臨也のキャラクター像を軌道修正かけたら嫌な奴に…。



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