A melody of love. | ナノ



念願が叶った―…。

桜が綺麗に咲いていた。風に花弁が舞い美しい世界をつくりだす。
桜並木の通学路を歩き、静雄は高校1年になっていた。
背負う茶色のヴァイオリンケース。
ちりん、と鈴の音が響いた。


「でも、どうして普通科にしたんだい?音楽科は嫌だった?」
「違えよ、単純に偏差値が足んなかっただけだ」
「すごく静雄らしい答えだ」


ははは、と幼馴染み―…新羅は笑みを溢す。
昔聴いたヴァイオリンの音色に惹かれ、静雄は有名な音楽学校を目指すようなった。

初めは両親にさえ笑われてしまったが、唯一無二の弟、そして新羅の応援に静雄は努力を重ねていった。
退屈だった音楽の時間が楽しくなり、静雄の世界は変わったのだ。
志望高校に合格したらヴァイオリンを買ってもらう約束を両親と結び、難関と言われている高校を目指し静雄は受験勉強に没頭した。
お世辞にも頭が良いとは言えなかった静雄は、放課後遅くまで学校に残り、入試の過去問題とにらめっこをし続けたのだった。

そして2月、希望する学科は違えど、静雄は晴れて有名音楽高校から合格の文字を勝ち取り、そしてヴァイオリンを手に入れたのだ。

「それ、もう弾いたのかい?」
「いや、まだだ。本とかで基本的な動きは頭に入れたが実践はな、」


大切なものを見るような優しい瞳、ぎゅっと繋がれたベルトを握り静雄は笑う。
はらりと桜が視界を覆い、足を止めた。

卒業式も終え、高校の入学式までは日がある2人は暇な時間をもて余していた。
新羅はこれから恋人に会いに行くと言い、静雄は初めてヴァイオリンを手にとろうと考えていた。
家では近所の迷惑になるだろうと、近くの公園にくりだし本を片手に試し弾きをしよう。そう決めて初めてヴァイオリンケースを背負っている。


「じゃあ、頑張って」
「あぁ、セルティによろしくな」


軽い足取りで去る新羅はきっと愛する人間が待っているせいだ。口の聞けない彼女。だが新羅はそんな彼女が好きだといつも言っていた。

素敵だと静雄は思う。
風で流れる前髪を掻き分け、友人の背が消えるまで見送った。
新羅は静雄と違う高校を受験し、合格した。その高校は彼女の家の近くだという。通学のべんを考慮し、あちらに移り住むらしい。所謂同居というものだ。

今まで、幼稚園からずっと一緒だった友人から離れるのは残念だが、静雄の中には新しい世界が広がっている高校生活が楽しみで仕方なかった。
ヴァイオリンをようやく習えるのだから…。





「さて、ここら辺でいいよな…」

公園の一角、人気のない場所を見つけ腰を落ち着かせた。
まだ弾いた事が無いのだから、人に聴かせられるものではない。静雄はできるかぎり人の目を盗んだ。
優しくケースを開き、収まるヴァイオリン。
そっと取りだし、見よう見まねで構えてみた。
弓を持って、指導本の内容を思い出す。
立ち上がり、瞳を閉じて弓を、引いた。


弦の揺れる、ひとつの音。


(これが俺の音か…)

何か曲が弾ける訳でもなく、ただ弓を引いた際に響いた音に静雄は耳を傾けた。
昔聴いたあの音色とは程遠い。
だが、これからが待っている。
響いた音がゆっくりと消えていき、静雄は目を開けた。

その時だ。
サァ、と風の音に乗り、あるひとつの音色が聴こえた気がしたのだ。
ふと後ろを振り向く。
太い桜の木の下、静雄と同じようにヴァイオリンを弾く者の姿がひとつ。



「…うめえ…」

彼の演奏は静雄のとは全くと違う音色を奏でていた。澄んでいて儚く、だがどこか力強い。
確か、曲名は「アヴェ・マリア」だったと静雄は思い出す。有名な曲だった。有名な曲だからこそ、演奏者の技術が露になる。

閉じられた瞳は何を想っているのだろうか。

最後の1音が消えるまで、静雄は何も言わずただ演奏に耳を傾けていた。
そして演奏は終盤を迎え、奏者の彼はゆっくりと目を開けた。

その綺麗な瞳に、静雄は息を飲む。



綺麗な赤い瞳、流れる黒髪。桜の木々が嬉しそうにそよ風を吹かせていた―…。



mormoroso
(囁くように、彼の音色は風に乗ってゆくのだろう)


(20100822)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -