A melody of love. | ナノ




夕焼けの下で、金髪と黒髪が揺れていた。暖かい風が流れて散る桜を舞い上がらせている。未だ元気よく部活に精を出す生徒をフェンス越しに見て、静雄と臨也は学校脇を歩いていた。

ちりん、と静雄のヴァイオリンケースの鈴が響いた。
臨也は自分の靴の先を見つめながら、そっと口を開く――……。




ある普通の家庭に、黒髪が美しい少年がいた。少年は小学生ながらもヴァイオリンが大好きで、少年がヴァイオリンを弾けば両親は笑顔で少年の頭を撫でた。少年はそれが嬉しくて、難しい楽譜にも挑戦していくようになった。

少年は次第に天才だと言われるようになり、音楽業界は少年の話でもちきりだった。少年は美しく、小さいながらも繊細な音を奏でる――…。少年の話題性はテレビ出演のオファーが来るほどで、そのオファーに少年の両親はさらに喜んだのだ。

だが、両親の喜びとは裏腹に、少年の心は次第に揺れていく。

世界は少年にもっと上手い演奏を望んだ。少年の代表曲を必ず演奏してくれることを望んだ。少年の笑顔を望んだ。少年の…。

少年が好きで始めたヴァイオリンは“仕事”へと変化し、自由に、好きなように演奏する事は叶わなくなっていった。学校よりも仕事を優先し、楽しくもない事に笑顔をこぼす。毎週のようにコンサートに招かれ、少年は強制されたようにヴァイオリンを奏でた。
終われば両親が笑顔で迎え、少年を抱き締める。
だが着々と少年は、限界に近づいていた。

中学生になった時、少年の人気はいつしか薄れ始めていた。少年の話題性は失われ、少年の名前を聞く機会は劇的に減っていったのだ。少年の演奏やテレビに頻繁に出演する事を非難する声も増え、ついに少年は限界を、越えた。


やめたい。


少年は両親に告げた。もうテレビには出ない。コンサートにも出ない。もう、自由にヴァイオリンを弾かせて欲しい。両親は顔を真っ青にして、自分の子供の告白に絶句していた。演奏会の予定があるからもう少し待って、と子供の顔色を伺う両親に、少年…、折原臨也は冷たい赤い瞳を、向けた。




「耐えられなかったんだよ、あの環境に。周りは大人ばかりで、小学生の俺は、もう限界だったんだろうねえ。弾く事がつまらなくて仕方なくなったんだよ。いつしか喜ぶ親の笑顔が嫌になった。……もう、やりたくなかった。」

いつしか足を止め、二人は向かい合っていた。静雄は臨也を見つめ、その臨也は話し終わるとふぅ、と息を吐いた。

「……なんで、ヴァイオリン自体をやめなかったんだ?」
「やめようと思ったさ。ヴァイオリンも捨てようと思った。けどできなかったんだよねえ。」

なんで、と静雄が聞くよりも先に臨也はくしゃりと顔を歪めた。

「最後にしようと決心して純粋な気持ちで弾いた時、やっぱり捨てられないと思った。まだ…、弾きたいと、思った。」

自分の身体を抱き締めるように身を埋め、臨也は、はっきりとやっぱりヴァイオリンが好きなんだ、と告げた。


「あの世界を知らないで上手くなりたい、とかプロになりたい、とか言っている奴等にどうしても苛立ちを覚えるんだよ。生半可な気持ちじゃ上手くもならないっていうのに夢を見てる奴が気に入らない。あの世界は…重いすぎるのにね。」


これが、折原臨也がヴァイオリンを辞めない理由、門田が言っていた“コンプレックス”の本当の意味か。と静雄は噛みしめ、何を言っていいのかわからなかった。プロの苦難。趣味と仕事の違いを見せつけられているかのようだった。ぐ、と拳に力が入る。そして静雄は想いを、自分が臨也に貰ったものを伝えた。


「俺は憧れの演奏者が居る。」
「へえ。シズちゃんが憧れなんて感情を抱くとは知らなかった。」


おちょくる臨也の言葉にもろともせず、静雄は強く臨也を見つめた。一瞬、臨也が息を飲むのがわかる。静雄は真剣な表情だった。


「手前だよ。」

「…え、…なに、が…?」
「俺の憧れの演奏者は、手前なんだ。…、折原臨也なんだよ。」


瞳を丸くする臨也に、静雄は今度はと言わんばかりに自身の事を話し始めた。自分がヴァイオリンの音色に出会った時の事を。始めて折原臨也をみた時の事を。ヴァイオリンを始めた時の事を。口下手な静雄は必死に自身の歩んだ道を語ったのだった。


「俺は、手前の演奏に感動したんだ。あの時は小学生で、ろくに深く考えてないはずなのに画面に釘付けで離れられなかった。すげえよ。手前の演奏は、今でも相当上手いし、すげえと思う。…俺は、手前の演奏が、好きだ。」


俺の憧れなんだ、ともう一度呟けば、今まで普通だった臨也は思い出したように顔を一瞬にして赤く染めた。


「突然なに言っちゃってんの!」
「いや、本当の事だからな。だから俺は、手前に練習を見て欲しいと思ったし、同じ学校で嬉しかった。」
「……シズちゃん、真顔でよくそんな事言えるね…」
「…、うるせえよ。」

臨也に指摘されて、今さらに自分は何を言っているんだと静雄も少し頬を染め頭を乱暴に掻く。

帰るぞとまたずんずんと歩きだす静雄の後ろを、臨也はついていき、俺も! と言った。


「俺も、シズちゃんの演奏、好きだよ。」


下手だけどね。とつけたし臨也はケラケラと笑うが静雄には笑い事ではなく、純粋に褒められた事が嬉しかったようで、本当か?! と瞳を輝かせた。少し圧倒されならがも臨也は頷くと、静雄はふわりと笑った。


「すげえ、嬉しいな。」

「……下手だけどね。」
「それでも嬉しいもんは嬉しいんだよ! 手前は一言多い!」


ぎゃあぎゃあと言い争いをし、時には笑いながら二人は桜並木の下を歩いていった。

俺はあっちだから。と二人は背をむけ帰路に向かう。ふいに臨也は振り返り静雄の大きな背中を見据えた。

そんな中、少し重かったはずのヴァイオリンケースが軽くなったような、そんな気を臨也は感じていた。



accelerando
(だんだん早く、彼らの距離は縮まっていく)



(20101201)




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