短編小説ログ | ナノ




手を離したら、居なくなる。手を離したら君が消えるとわかってて手を離す程、俺は馬鹿じゃない。俺は貪欲だよ。醜い程に。俺は、





随分と冷え込んだ夜だった。吐く息が白く映る程に、いつのまにか冬はやってきていた。夜空の星は雲に隠れ一筋の光も見えない。だが眠らない街、池袋はいつだって、どこかしらに光はあった。

「シズちゃんがまさか自殺志願者だったとは驚きだ。」

暗がりの中に立つ古びたビル。光が灯る街をそこから覗き込んでいた静雄は聞き覚えのある声に振り向いた。そこには予想通りの黒髪。

「別に死にたくねえよ、」

風に揺られてコートの裾が舞う。臨也はわざとらしく肩をすくめながら、静雄との距離をつめていった。一歩踏み出せば地へと落下できるギリギリの場所に立つ静雄はふとまた空へと視線を戻す。すると力強く腕を捕まれる感触に舌打ちをした。

「ノミ蟲くせえから触んな、」
「ノミ蟲臭いのはシズちゃんにしかわからない。だから俺に被害はない。だからやめろと言われてやめる訳ないじゃない。……落ちるよ?」
「落とそうとしてる、の間違いじゃねえの。」
「心外だなあ、俺はそんな事しないよ?」
「どうだかな、」

悪態をつきながらも、静雄は腕を振り払わない。臨也も握った腕を離す事はなかった。何を見てるの? 臨也が問いかければ、静雄はしばらくの間の後ぼそりと呟く。臨也の場所からでは静雄の表情は読み取れない。泣いてるの? また臨也が聞けば泣いてないと強く否定される。ただそっか、と返せば会話は終了した。

静雄がこんな場所にぽつりと居るのは珍しい事だった。最近では周りに集まってくる人間が増え、静雄の近くには必ず誰かが存在していた。上司であったり、首無しライダーであったり、後輩であったり。その人間達を振り切り、静雄はぼんやりとビルの屋上から、池袋を見つめている。珍しい事もあるものだ、と臨也は思った。

「手前は何しに来たんだよ。」
「んー、平和島静雄の自殺現場を、」
「死ぬつもりはねえっていってんだろ。」
「ふふ、今日は会話が続くね。」

冗談混じりに臨也は笑うが、静雄は相変わらず池袋の街を眺めていた。ずっと遠くを見ているような、未来を見据えているような。掴んでいるはずの腕が、どこか違う何かを握っているかのような違和感。とっさに確かめるように力を入れれば、痛いと静雄の低い声が耳に届く。

「ああ、ごめん。あまりにも反応が無いからさ、」
「手前は少しぐらい黙っていられねえのか?」
「ねえ寒くない? 池袋見物もいいけど、そろそろ良い子は寝る時間だと思うよ。」

にっこりと臨也が笑えば、苦虫を噛み潰したかのように静雄は顔をしかめ、気持ち悪ぃ、と愚痴を溢した。だがまたもや視線を池袋に戻すのを見て、臨也もまた、静雄の見る池袋を見下ろす。



「一緒に落ちてあげようか、」



ぐ、と掴んだ腕が動いたのがわかる。一歩踏み出せば、そこは空気しか存在しない。掴んだ腕は振りほどかれない。

「死ぬつもりは、ねえよ。」

何度目かわからないその言葉に臨也は目を伏せた。君はどうしてそうなんだろうね。臨也はそっと呟く。

大切なものは見つかっているのに、どうして君はここに居るんだろうね。光を君は持っているのに、君は変わったはずなのに、君はひとりじゃないのに。どうして君はそうなんだろうね。

「俺が居る限り、シズちゃんは死ねないねえ、」
「……そうだな、」

手前がひとりになるから、死ねないな。

サァ、と風が流れて静雄はゆっくりと振り向いた。臨也をしっかりと見つめ、口は固く閉ざされたまま開く事はなかった。

握った腕は振りほどかれ、気づけば静雄の腕に抱かれていた。暖かい。暖かい夜だった。



(20101114)

何よりも臨也が好きな静雄と、彼を幸せにしたい臨也。


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