短編小説ログ | ナノ


真っ青だったはずの空に厚い雲がかかった。風は冷たく、人は肩を震わす。ふわりと風に揺れて黒いコートの裾が舞い上がる。視界に入ってしまったそれを無視する事は叶わずに、吸っていたタバコを携帯灰皿に投げ込んだ。ああ、また会っちまった。


「おい、臨也よぉ、」
「あー、またシズちゃん?相変わらずの番犬っぷりだねえ。」


近場にある標識を握ればへにゃりと変形し、根本から抉りだされ露になる。ああ、頼む。頼むから。


「死ね臨也ァ!!」


投げる。標識を軽々と振りかざし、そのままのモーションで降り下ろす。タイミングよく手を離せば、ぐんぐんと加速し標識は目標である臨也へと直進していった。頼む。上手く避けてくれ。頼む、俺は。臨也はニヤリと口許を緩め軽々しく標識を避ける。ざんねーん!と人をバカにするのだって忘れない。ああ、良かった。当たらなかった。


「本当にシズちゃんはワンパターンだよねえ。単細胞。」
「黙れ死ね。」


クスクスと笑いながら臨也は携帯ナイフを取り出す。カシャン、と小さく音が鳴って、赤い瞳が鋭さを露にする。くそ。まだやるのかよ。


「んだ臨也クンよ、勝てる気か?」
「少しぐらい傷付けて帰らないと気がすまなくてさあ、」


ねえ?と不敵に笑う。やめてくれ、駄目だ、臨也。一際大きな風が吹く。それを合図にするかのように臨也はナイフをひとつ静雄目掛けて振り投げる。一直線にナイフは静雄の眼球を目掛け、息を飲む間もなく臨也は地面を蹴った。舌打ちをしながら迫るナイフを叩き落とし静雄が地面を蹴った。だが一足遅く懐には既に黒い影。握られたナイフ。ああ、くそ。反射的に握る拳。振り上げ、振り下げる前にナイフが静雄の腹を一閃する。だが微動だにせず拳は臨也へと振り落とされた。ああ、くそったれ。手応えはある。柔らかい頬の感触ではなく固い骨のような――…、ああ、腕か。ガードしたな、アイツ。折れたかもしれねえ。くそ。ふき飛ぶ臨也。受け身を取る事もなく地面へと引き込まれ、黒いコートが砂にまみれた。


「おい、」


黒い塊は動かない。おかしい。まさか、まさか、そんな。死―――…


「……っ、容赦ないよねえシズちゃんってば、」


苦しそうに咳き込みながらふらつく足ながらに臨也は立ち上がった。胸を撫で下ろす。良かった。


「俺はシズちゃんとは違うんだから手加減してよね、……いや手加減とかされたら、それはそれでムカつくな。」
「…手前の都合なんか知るかよ。うぜえから喋んな。」


またどこからか臨也はナイフを取りだし胸の前で構える。まだやるのか。もう良いだろう。もうやめよう、もう止めた方が良い。頼むから、俺は、


「…なぁんてね、もう勘弁!俺は帰るよ!」


ふ、と赤い瞳から緊張が消えた。ひらひらと手を振りながら軽い足取りで臨也は背を向けた。


「ああ゙?ざっけんな臨也ァ!」


笑いながら臨也は走り始め、路地を曲がり、その姿は消えた。追う気は無い。どうしてかって?そんな理由は決まっている。止まった足は重く、暫くは動けないような気さえしたからだ。ぐっと拳を握れば、ぽつりとひとつの雫が滴る。その雫は連続で降り落ち、雨が降り始めた事を知った。握った拳を緩めると爪の食い込んだ痕。ああ、良かった。くしゃりと髪を握ると冷たい雨が頭を冷やしてくれていた。


「殺さずにすんだ……」


よかった、と呟く声は驚く程弱々しく、次第に激しくなる雨の音に掻き消されてしまった。


何よりも怖いもの
(大切なものを壊してしまうのではないかと、いつだって俺は、)




(20101024)

本当は臨也だって傷つけたくない静雄くん。


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