音を失ったならば、 | ナノ







シズちゃんの腕に抱かれて、そのまま眠りの底についた。
今でも夢だったらいいのに、なんて思いながら。



を失ったならば、




まず、目が覚めてから声が出るかを確認する。

「―――………」

部屋には静寂を打破する術はなく、今までの事が夢でない事を理解する。いつもならカチカチと鳴る時計も、あるはずの場所に無い事が昨日静雄が来た事を、そこに居た事を
知らしめる。


(新しい時計買わなきゃ)


フワフワした意識の中でそんな事を考えていると、リビングの方から音が聴こえて少し緊張する。 波江ではない。波江には池袋に行く前に「暫く来なくていいから」と言っておいた。
言った瞬間しかめっ面だったが、そこまでして波江は来ない。臨也を気にしてこその対応だ。

歩を進めると同じリズムで頭がガンガンと悲鳴を上げた。それを無視してペタペタと足を鳴らしリビングに行くとキッチンに静雄は居た。


(やっぱり居るんだ)

「起きて、大丈夫なのかよ」


臨也の姿を見るなり一瞬驚きの色に染まったが、すぐに険しい顔になる。
臨也は静雄の言葉を無視してキッチンの横を素通りする。パソコンを起動させて椅子にもたれるとズキズキ痛んだ頭が少し和らいだ。


「おい、臨也」


静雄を無視していつものチャットルームに入室する。
するとあわられた“現在チャットルームには誰も居ません”の文字に舌打ちをした。
暇潰しの1つが今潰えてしまった。静雄が居るというこの状況を打破するためには何かにのめり込むぐらいしか逃げ道がないというのに。
臨也は痛む頭のせいか写し出された文字のせいか、眉間にシワを寄せた。

するといつの間にかキッチンからこちらに来ていたのか、机を挟んだ向こうに静雄は立っていた。

「なに」そう言うが、臨也の口から言葉は音として吐き出されない。


「……大丈夫か、体」


そんな事か、臨也は向けた視線をパソコンに戻す。
静雄は拳を握った。臨也から避けられて、いる。


(くそっ……)


臨也の顔色からしてまだ体調が戻っていない事も、強気に振る舞っていることも明らかなのだ。
だが、何もできない。なにかしてやりたい。


「…何か、食えそうか」


何かを打ち込んでいた臨也の手が止まり、そして頭を振るではなく『いらない』とだけタイピングした。


「熱、計った方がいい」
『別に問題ない』
「大丈夫じゃねえだろ。頭、痛ぇんだろ、熱測って―――」


ぱしん。
静かな部屋に小さな破裂音が響いた。


(………あ?)


呆けて、しまう。
伸ばした手を叩かれた。

臨也は席を立ち、静雄の横を過ぎた時、


「待てよ」


声を、かけてしまった。
ぴたりと止まる足。静雄はもう無意識に続く言葉を吐いてしまっていた。


「手前が俺を避けてんのはわかってる、俺が居るのが不愉快なのもわかってる。じゃあよ、なんで…………帰れって言わねえんだ」



ズキリと頭が痛んだのは気のせいではない。



* * *



パタンと寝室のドアを閉めて、鍵も締める。臨也はそのままドアにもたれ、ズルズルと床に座り込んだ。


『なんで帰れって言わねえんだ』


静雄の言葉が頭から離れない。臨也はあの場で何も言えず、何もできずこの部屋に戻ってきた。

帰れ。
そう言えば良かったのか。
だが、静雄に指摘されたあの時でさえ「帰れ」とは言えなかった。静雄が居る、というあり得ない状況に困惑していたのかもしれない。

耳を澄ませば、リビングから音が聴こえる。人が居る音が聴こえる。
静雄が居る、音が。


(しず、ちゃん)


頭が痛い。
だからだろうか。だから何も考えられないのだろうか。

傍に居て欲しいと望んでしまうのは、風邪にやられて弱っているせいに違いない。もう、忘れたいんだと、関わるなと手を払ったあの時。
ズキリと痛んだのは頭だ。胸の奥が痛いのは気のせいなのだ。

ぐちゃぐちゃな頭と、失った声で自分の意思を伝えられない苛立ち。


(わからない、)


俺は、どうしたいんだろう。
俺はシズちゃんに何を望んでる?


頭が、痛い―――……


取り残される、感覚
(終わりにするって、決めたのに)




(20100424)

素敵なぐらいすれ違う……

20110425加筆修正

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