音を失ったならば、 | ナノ







シズちゃんに名前を呼ばれた気がした。

頭を撫でて貰って、手を握られた
そんな夢。

………良い夢だな





を失ったならば、





ねっとりとした感覚が襲う。重い瞼を持ち上げるが視点が定まらない。
ぼーっと一点を見つめると、暫く経ってここが寝室だと気づいた。


(あー、寝ちゃったんだっけ……にしても)


関節が痛み、頭は重いし、そもそも体がだるい。
悲鳴を上げているだろう体に鞭を打ち、上半身を起こす。自分の体調の悪さに最悪だと臨也は悪態をつく。そこで自分の服がいつもの黒のVネックでない事に気づいた。
質素なトレーナーに、


(あれ、俺着替えなんて――――)

「臨也」


聞き覚えがあるその低い声に、世界が止まったと思えるほどの、静寂の時が流れた。
がちゃりと寝室の扉が開かれそこに立つ静雄に、臨也はただ目を見開く事しかできなかった。静雄と臨也の視線が、交差する。


(なんで、居るの……)


臨也が会いたいと思っていた人物。会いたいと、願っていた人物。愛して欲しいと初めて思った人物。
愛して欲しいと初めて、願った、人物。


「勝手に着替えさせた。流石に濡れたまんまはマズイと思ったからよ……。んで勝手に氷とか―――…っ!」


もう会いたくないと思った人物。

がしゃんと大きな音が寝室に響く。それは静雄の言葉を遮るかのように。

床に広がる、静雄に当たって壊れた……目覚まし時計。臨也がベッドの隣に置いてあった目覚まし時計を静雄に投げつけたのだった。静雄は一瞬身構えたが、避ける事なく臨也の暴力を受けた。

臨也は下を向き肩を震わせている。怒っているのかもしれない、泣いているのかもしれない。静雄にそれを知る術はない。


「悪かった、本当に」


静雄が謝罪を口にした瞬間、臨也の肩の震えが止まった。何が。そんな事を聞かずともわかる。声のことだろう。


「俺も声が戻るように協力する……臨也。俺は――」


がっちりと、下を向いていたはずの臨也と再度視線が交差する。その目は、悲しみや怒りや、さまざまな思いが混濁しているような赤い色。
臨也の目に言葉を失った静雄に、ゆっくりと臨也は口を開いた。


「―――……」

そして、悲しそうに笑った。


(同情、なんて要らないよシズちゃん)


その笑いも徐々に崩れていき、臨也は大きな口を開けて、ない声で必死に叫んだ。


『同情なんていらない! そんな風に俺を見んなっ……そんな風な特別扱いなんて、望んでないッ!』


臨也は静雄の特別になりたいと願った。
だが今の静雄は臨也を傷つけた事に罪悪感を持って接している。臨也が求めた「特別」はそうではなかった。


『俺のこれは当然の報いだと思わない? 今まで散々やらかしてきたんだからさあ…!』


赤い目は何度も涙を貯めては、流すまいと必死になって堪えていた。頭を振って、手を払って、必死に拒絶を示す臨也。静雄はそんな臨也の姿をただ、見つめる事しかできなった。

静雄の辛そうな顔を見た臨也はまた笑った。今にも泣きそうな笑顔で。

(シズちゃんは、優しいもんね)

そんな所が好きだったよ






つらいであろう体を無理に動かしベッドから出る。気丈に振舞ってはいるが、足元が覚束ないのは明らかだった。

臨也は静雄の胸をグイグイ押して部屋から出そうとする。出て行けという意味なのだろう。たぶん、部屋からではなくこのマンションから。だが熱に犯されている臨也の力など、本当に微力なものだ。


「こんな足元ふらふらでどうすんだ、寝とけよ………頼むから」
「――――っっ!」


臨也の腕を引く。
それだけのことだが、臨也は体制を崩し、静雄の腕の中に沈んだ。静雄は優しく臨也を抱きしめる。そんな辛そうな顔をさせようとしたんじゃないんだと囁くと、臨也は小さく首を振った。
聞きたくない、といったことろか。


「聞けよ」


静雄の低い声に臨也はビクリと肩を震わせた。


「手前のプライドが許さないかもしんねえ、でも頼む。看病ぐらいさせてくれ……頼む。」


静雄との関係を完全に絶つつもりでいた臨也にとって、今の静雄の優しさは、苦痛でしかなかった。だが、求めていたはずの「特別」とは違っていても。

静雄が臨也を大切にしたいと思っている今の事実が臨也にとって、幸せでしかなかった。

これは、静雄の優しさにつけこんでいるという事。そんな事は百も承知だった。静雄は今、同情という感情で動いているのだから。

臨也に静雄が同情だけで動いているわけでは無いと知るすべは無い。
静雄が愛しいという感情を抱いている事を、臨也が知るすべはない。



抱きしめられた臨也は、堪えていた涙を流さずにはいられなかった。

好きだよ、シズちゃん



抱きしめて終わりにしよう
(これで最後にするから、だから今だけは)




(20100411)

無駄にシズちゃんが好きな臨也。

20110425加筆修正

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