音を失ったならば、 | ナノ






「外傷も無いし、当たり前だけど風邪でもない、か」

暫くたって到着した新羅は臨也の姿を見て、つらそうに眉を寄せた。パチンと小さなペン型のライトをしまいながら新羅はため息をつく。だろうなあ、といった診断結果に臨也は頬杖をつくと新羅は視線を落とし、何か考え始めた。


「臨也。あー」


新羅は口を大きく開いて発声練習をするかのようにしてみせる。それは多分“同じ事をしてみろ”という意味なのだろう。臨也は無意味なのに、と思いながらも口を広げて喉を震わせた。


「―――…」
「あー……ってやっぱり駄目か」


だがやはり、音を発することはなく静かな部屋に何の変化もみられない。新羅は小さく息をつくと、臨也が目を見開いているのに気づいた。臨也? と新羅が聞くと我に返ったのか焦ったように何でもないと口をつぐんだ。


(声がでなくなってまだ数時間しか経ってないのに、わからなくなってる?)


――――…声ってどうやって出すんだっけ…、

臨也はゴクリと息を呑んだ。改めて声が出ない事を実感させられる。これからどうしようか、と途方も無い悩みに頭を抱えると、



「ごめん」



新羅はそっと頭を下げ、重い口を開き真実を語り始めた。


「声がでなくなったのは、ある薬のせいだ。そしてその薬を作ったのは…僕だよ」


それは、臨也に想像以上の傷を植えつけることになる。




を失ったならば、







その日、静雄は新羅のマンションを訪れていた。切り傷だという簡単なものだったが、セルティに新羅に診せるよう促され渋々といった表情だった。


「はい、終わり」
「悪ぃな、」
「今回も臨也とかい? にしては打撲もあったけど」
「取り立て先のアホとノミ蟲だ」
「はは、大変そうだね」


新羅は器具を片しながら世間話をしていると、静雄はすぐに帰ることはなく、あのよ、と歯切れが悪く話しだした。新羅はなんだい? と軽い様子で聞いていると、静雄の口から紡がれた言葉にぎょっとした。


「え…?」
「だから、あのノミ蟲野郎を黙らせる方法だよ、なんかねえのかようぜえったらねえ」


舌打ちをする静雄は鬱憤が溜まっているのか、乱雑に頭を掻く。新羅もまた臨也の事になると必死だねえ、と笑いながら黙らせる方法を提案してみせた。


「黙らせるなら、言葉通り声が出ない状況にする…とかかい?」


君なら喉を潰すくらいお手の物だろう? と冗談交じりで新羅が言うと、静雄はまんざらでもなく真剣に考え始め、さずがにそれはまずいだろうけどね、と付け足した。
だが静雄は諦めた様子もなく、じゃあよ、と続ける。


「んじゃそんな薬とかねえの?」


興味もなさそうに聞く静雄に新羅は、うーん、と考えこむ。声を無くすのは難しいと思うなあ、声帯を傷つけるのは薬じゃ不可能だろうね。
新羅がそう言うと、静雄はまた舌打ちをして何かねえのかよ! と苛立ちを露にする。今回は臨也に何をされたんだろうなあ、新羅は考えながらも声帯を一時的にでも壊す薬について考え始めていた。それはただの興味本位。そんなものができたら面白いだろうなあ、という興味だった。

静雄が帰った後、新羅は独自に薬の調合に挑んだ。出来なくてもいい、できたら面白い。ただそれだけだった。試作品を仕上げ、実際に試す相手もみつからないため本当に効果があるかなんて保証できないその代物を静雄に伝えると、静雄もまた面白そうだと口元を歪ませていた。



「よく考えてみれば、いや考えなくても静雄が使う相手に君を選ぶ事なんてわかりきっていたんだ、本当に、」


ごめん、と紡がれる声に臨也はすでに耳を傾けてはいなかった。臨也はなんだか胸の辺りにぽっかりと穴が空いてしまったかのような感覚に陥っていた。

静雄が折原臨也に薬を盛った事実。試作品だった薬物。
効果が得られるか、はたまた毒物になったかもしれない薬物を使用されたという事実。

つまり、それは――…


折原臨也がどうなろうと知ったことではない、という意味になる。


自身で考えついた答えに臨也は鼻の奥がツンとするのを感じた。


(あれー…まさか俺、泣きそう?)


静雄に抱いている感情が片想いというやつである事ぐらい、臨也にはわかっていた。いつの間にか静雄の事を目で追い、振り向かせたい一心だったこの気持ちが恋でなくてなんだというのか。だが静雄にとって折原臨也は天敵であり、ライバルである存在。

そう、臨也は自身が静雄にとって“特別な存在”であることが幸せだった。

他の奴らとは違って臨也は喧嘩人形だと恐れられる静雄を怖がりはしない。それは実際に怖いと思ったことが無かったこともあるが、それによって臨也に対する見かたが静雄の中に変わった事にあった。不敵に笑い、いつだって臨也は静雄の前に立つ。静雄も遠慮する事を忘れ、全力を出していた。


(そうでもしないと俺は――…俺も、ただの人間だから。)


声をかけて気づかせる。

『やあ、シズちゃん。』

こっちを向いてよ、俺はこっちだよ。
俺を見てよ、シズちゃん。と呼びかけるように―――…




「時間をくれないかい、臨也。試作品のサンプルはまだ残ってる。解毒剤…って言うのは変かな、でも作ってみるから。…むしろ僕にはそれぐらいしかできない」


新羅は目を伏せ、唇を噛む。罪悪感にかられているのだろう。喧嘩人形、新宿のオリハラの事を友達だと言う希少な人間は君だけだけだよ、と臨也はあきれたように笑い、携帯を手に取り何か文章を打ち込んでいった。


『そんなの当たり前だろ?新羅が作った薬なら、新羅が責任もってよね。…って罵る事もできないなんて、つまらないからね』


臨也は新羅に画面を見せて、足を組むと軽く鼻で笑う。それはいつもの“折原臨也”の姿だった。その姿に新羅は呆気にとられながらもくしゃりと笑い、目を伏せた。


「ありがとう、臨也」



涙をみせない
(だって、俺は)


(20100325)

話進まないなー;
次、静雄さん出ますー!

20110131 加筆修正

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -