音を失ったならば、 | ナノ







2人揃って新羅のマンションの戸を叩いた。
迎えてくれた新羅は一瞬驚いて、そして笑った。

「おかえり」



を失ったならば、




「異常なし、かな」


パチンとそれこそ声を失った当日と同じ動作で新羅は安心したように呟いた。


「あの飲まされたやつ、新羅が作ったんだろ?なんか瞬間的に喉が傷んで大変だったんだけど」
「え、本当?やっぱりあれを混ぜたのが不味かったのかな」
「何混ぜた闇医者」


臨也は苦い顔をして新羅を睨み付ける。そんな反応を見て、新羅は安心したようにふふっと小さく笑った。臨也は勘に触ったのか、なに、と眉間に皺をよせた。


「あはは、ごめん。いやさ……臨也だなあ、って」


新羅は目を瞑り、良かった…そう呟いた。
この闇医者は頭のおかしい奴だが、友人想いの臨也、そして静雄の唯一の友人なのだ。そしてこの闇医者は、きっと沢山の後悔をしたんだ。元凶が新羅の手によって作られた代物だろうと、誰かに心配されるのは悪くないな、と臨也は思った。


「悪かったね、臨也」
「別に治ったからいいよ、ま、治療代はチャラだけどね」


軽く臨也が返すと、新羅は一瞬目を見開いて、そして仕方ないな、と嬉しそうに笑った。つられて臨也も軽く笑った時、新羅の後ろに視線が泳いだ。
ひとつドアの向こうに、静雄とセルティの姿が確認できる。2人はなにか話しているようで、セルティが何度かPDAに打ち込んでは静雄に提示していた。


(しずちゃん)


頭の中だけでその名前を呟いて、目を細めた。
好きだと言ってくれた静雄の言葉が嬉しくて、好きだと答えた臨也と静雄は両想いになった、はずだった。好き、好き、大好きと何度も伝えて、抱き締められて。それでもなお、まだ信じられずにいる自分がいるんだ、と臨也は奥歯を噛んだ。
臨也の視線の存在に気づいた新羅は、少し呆れたように、少し嬉しそうにため息をついた。


「ねえ臨也、僕は静雄に、言わなきゃ伝わらない事だってあると伝えた。でも君には……言葉だけじゃ伝えきれない事だってあると言わせてもらおうか」


新羅の言葉に臨也は少しはっとして口を開くが、何も言わずその口を閉じた。


『好き、だ、……!!』


少し震えていたあの声、


「新羅は、知ってたの」
「なにをかな?」
「俺が、シズちゃんを。シズちゃんが、俺を、」
「…………さあ」


新羅は目を伏せて、どうだろうねと続けた。そして真剣な眼差しで臨也を見つめる。瞳の揺れる臨也を射止め、新羅は続けた。


「……臨也。ふれ合う事を怖がっては何も進まないよ。退化もしないけれど、ね。それを君が望んでいるなら、口を挟むつもりはない」


ぐっ、と臨也は息をつめる。


「だーけーど!愛し合う事は良いことだよ!僕とセルティの様にね!!ああセルティ!愛してる!」


先ほどまでの雰囲気とはうってかわって新羅は高らかに叫んだ。それもガッツポーズ付きだ。は、と臨也は吐き捨て立ち上がる。診察も終わり、異常も無かったのだ。もうここに用はない。
それじゃあ、世話になったねと残してコートを手に取った時だった。


「静雄の事は、好きかい」


テンションがコロコロ変わる男だ。臨也は新羅を一瞥し、部屋を出た。

当たり前な事、聞くな。そう言い残して。



***



「大丈夫だったのか」
「うん、異常無いって」
「そうか」


安心したように静雄は呟いて、息を吐いた。
……臨也が新羅のマンションを出ると、静雄もまた臨也の後ろを着いてきた。


『言葉だけじゃ伝えきれない事だってあると言わせてもらおうか』


新羅の言葉を思い出して、臨也は足を止めた。不振に思ったのか静雄はどうしたのかと声をかける。臨也はくるりと静雄の方に向き合って、一度は顔をあげるが、伏し目がちになり結局は俯いた。
コートのポケットに手を突っ込んで、真っ暗道に2人の男が立ちすくむ。臨也の行動に静雄は何も言えず、ただ臨也が動くのを待った。

どのくらい経ったか、そんなにも経っていないのかもしれない。
太陽は随分前に姿を消し、街灯だけが2人を照らしていた。


「俺、」


静寂を破ったのは、臨也だった。震える声で、ぽつりぽつりと呟き始める。
静雄は必死に言葉を広い集めた。


「シズちゃん、知ってた?俺……ずっと前からシズちゃんが好き、だったんだよ?」


臨也の言葉に、静雄はただああ、とだけ答えると、臨也はゆっくりと顔を上げた。


「ねぇシズちゃん」


『言葉だけじゃ伝えきれない事だってあると言わせてもらおうか』


その赤い瞳はしっかりと静雄を見つめ、静雄は息を飲んだ、時だった。


まず、1歩
そして連続で2、3と来て、最後には少し飛び……


「―――…っ!」


臨也は静雄の胸に飛び込んだ。


予期せぬ臨也の行動に静雄は戸惑いが隠せない。ぎゅっ、と首に回された腕に力が入っている事がわかる。そんな臨也の姿を見て、静雄も答えるように臨也の背に手を回した。
初めて、臨也から起こした行動だったのだ。




「だいすき」





耳元で囁かれた言葉に、静雄は視界が霞んだ。


「んだ、手前………耳元は反則だったんじゃねえのか……!」


臨也に信じられる訳がない、と言われ静雄は本当に最低な事をしたと後悔の念に囚われていた。信頼を取り戻すためにはどうしたらいいのかと、元々信頼していた関係でなかったからこそ、信頼の作り方がわからず、必死になって考えていた。
行動で示すと言ったが何をすればいい。静雄はずっと考えて続けた。
わからず、セルティに相談していたのはついさっき。

そして今、許された、気がした。


「シズちゃん、背中痛い」
「うっせ、ちょっと黙ってろ。今、色々とダメだ」
「なにそれ」
「……臨也、名前呼んでくれるか」
「シズちゃん?」
「ああ」
「シズちゃん。シズちゃん、シズちゃん」


嫌いだったあだ名が、こんなにも心地よい。
聴きたかった声。


「……好きだ、臨也」
「うん。知ってる」
「信じんのか」
「うん。だからね」


さらに強く腕に力が込められ、臨也は呟いた。




「………キス、しよ」





ゆっくりと、息をするのも忘れるような長い時間が、過ぎた。
触れるだけの、それだけのキスに沢山の愛してるをのせて。


「 愛してる 」
(伝えたかった、言葉)



言うだけでは伝わらず、するだけではわからない。
だったら貴方は、どうしますか――……?




(20100522) 完結
20110425加筆修正

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