音を失ったならば、 | ナノ







「また盛ったかもしれないのにな」


そう言われて、少し絶句、した。また裏切られた気分になって、ああ、やっぱり、とも思った。


「一昨日の夜に、俺はここに来たな。そこで手前は俺にコーヒーを、出した。そこで盛ったんだよ。新羅に貰った薬を。」


そんな事は、わかってた。
そんなんだろうと、シズちゃんが居ない間にずっと考えてたよ。

あの時。
シズちゃんが来て、ケンカじゃなくて、ただコーヒーを飲んでるシズちゃんを見て、ああやっぱり好きだなって思った。ケンカじゃくて、俺の家にくるなんて、そんな事今まで無かったから、―――…嬉し、かった、のに。



を失ったならば、




強引に口づけられて、「なんで」なんてベタな考えが過る前に、口の中に何かを流し込まれ臨也はとっさに口を閉じて拒んだ。

だが臨也の努力も虚しく、静雄は無理矢理液体を流し込み、臨也は液体を飲み込んだ。
その瞬間、焼けるような痛みが喉を襲う。


(―――…っ?!)


『また盛ったかもしれないのにな』
頭の中で、静雄の言葉が反響した。


(ああ、やっぱり、俺は嫌われて、る)


あまりに酷い咳に、膝をついて踞るような体勢になる。そんな臨也の姿と、激しい咳き込み方に静雄が心配したように手を伸ばしてくるのが見えた。臨也はその手を叩き落として、必死に咳を止めようとするが、一向に治らない。


「げほっ!げほっ、」


止まらない咳のせいか、また盛られたショックか…臨也は目に涙を溜めた。するとふわりと包み込まれて、背中を何度も何度も擦られる。


「息しろ、臨也…!」


(優しく、すんなっ…!!)


臨也は擦る手さえも叩き落としてやりたいと思ったが、止まらぬ咳にそれどころではない。ヒュッ、ヒュッと息をする音だけが流れて、大きく咳き込んだ。

すると、先ほどまでの苦しさが嘘のように息が通る。絡んだ痰が取れたような、そんな感覚。恐る恐る、口を開いた。


「……シズ、ちゃん……」


その言葉は確実に音を持って、部屋に響いた。
すると肩に置かれた静雄の手がビクリと揺れたかと思うと、痛い程に抱きしめられた。


「なっ、に、」


臨也が少し唸ると、静雄はよかった、と少し声を震わせながら呟き、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。


(そんな、嬉しそうな、声)


臨也は胸が締め付けられるような感覚に襲われ、鼻の奥がツン、とした。臨也も答えるように静雄の背に手を回した、とき、


「好き、だ、……!!」


溢れる感情を圧し殺すかのように呟かれた言葉に、臨也は耳を疑った。
回した手が、止まる。


「好きなんだ、臨也」


好きだ、と呟く静雄の声は当たり前のように真剣で。

真剣だからこそ、




「なに、言ってんの?」




淡々とした、声だった。


「俺の事が好き?アハッ!シズちゃん何言ってんの。俺男だよ?頭おかしいんじゃない?ああ、やめてよ。手前が男だろうが、関係ねえ……とかマンガみたいな台詞は聞きたくない」


臨也は鼻で軽く笑って、静雄を押し退ける。


(だってそうだろ?シズちゃんが俺を好きになったり、しない)


胸板を押すと、静雄は抵抗もなく臨也を離す。臨也はゆっくり立ち上がり、わざとらしくないように静雄から距離をおく。静雄の顔を見る事なんて、できる訳がなかった。

向かいあっているのにも関わらず、顔を合わせられない。静雄はまだ膝をついたまま。立ち上がる気配はなく、その姿は、項垂れているようにも見えて。


(良く動く口に、感謝するよ)


嘘を並び立てる事など、臨也にとってぞうさもない事だった。職業柄、慣れ親しんでしている。たとえそれが、自分の幸せを手放す事になろうとも。


「シズちゃんは、声が出なくなって弱ってる俺を見て、可哀想だ。助けてやりたい。こんな事になったのは、俺のせいなんだ。……と、ぐるぐる下らない事に悩んだ。そうでしょ?そして熱まで出した俺を、看病までして、そして、思った。俺を、大嫌いなはずのノミ蟲くんを、……守ってやりたい、って」


嬉しかった。
ここまで来てくれた事。
看病ぐらいはさせてくれ、と願い出てくれた事。
粥だって、おいしかった。
好きだと、シズちゃんの口から聞けた事だって。
全部、全部、苦しいぐらいに嬉し、かった…!

言葉とは裏腹にわき出る感情を必死に押さえながら、臨也は続けた。
冷静を装い、限りなく淡々と言い放つように。


「その感情は“同情”だよ。シズちゃんの勝手な優しさ。好意なんかじゃない。そう思いこんだだけ。……さっきの言葉は聞かなかった事にしてあげるよ。平和島静雄に“同情”されるなんて十分に屈辱だけどね」


そうだ、これが俺なのだと臨也は歯を食いしばった。
少しでも気が揺らげば、今にも声が震えそうだった。少しでも無駄に口を開けば、本音を言ってしまいそうだった。

こんなにも綺麗に嘘を並べられる自分に、臨也は嫌気が指す。
だが、間違ってはいない。静雄は勘違いをしている。
その勘違いに気づかせてやるのは、勘違いをさせた人間にしかできない。


(シズちゃんの優しさは、罪だねえ)


他人事のように呟いて、背を向けた。

終わりだ。
昨日、今日までの、この変な関係も終わりを告げた。臨也は声を取り戻し、何も変わらない日常が戻ってくる。


(でも、もう、池袋には行きたくないなあ)


気づかせた所で、静雄はきっと、いや、絶対にこれからも気をかけてくるだろう。


(そんなもの、いらない)



「俺は、シズちゃんなんて好きじゃない」




ズキリと、胸が痛むのを無視するのは難しかった。




関係作りはもうやめて
(もう、二度と戻らないから)





(20100513)

静雄くんを全否定……。


20110425加筆修正

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