音を失ったならば、 | ナノ







マンションの扉を開けて、静雄は何と言っていいのかわからなかった。
「ただいま」でもなく、「じゃまするぞ」とも言いづらい。結局静雄は何も言う事無く中に入って行った。


を失ったならば、



寝室のドアは開け放たれており、静雄は一瞬目を疑った。


(居ない――?!)


外に行ったのかもしれない、あんな状況で。一瞬にして頭の中が真っ白になり玄関に視線を送った時、リビングから音が漏れた。
それは、機械音のような―――テレビから流れる人の声だった。

そっとリビングに向かうと、ソファの真ん中に臨也は居た。臨也は小さなクッションを抱えながらソファに腰をおろしており、テレビを見ていた。どっと静雄の中で安心感が募るが、臨也はこちらをチラリとも見ない。
臨也の静雄を無視する行為は終わっていないようだ。


(それでも俺は、)


覚悟を決めたのだ、と静雄は一歩踏み出した。



「………っ…」

その時ふ、と視界に入ったもの。出ていく前に作った粥。空になっている器。

そして、


『おいしかった』


残したメモの最後に、付け足られた一文。


(食った、のか)


捨てられた形跡はない。だとしたら、食べてくれたという事になる。一番始めに、薬を盛った男が作った物を食べた。相手は、あの折原臨也だというのに。

静雄は奥歯を噛んで、感情を落ち着かせる。

期待しても、いいのだろうか。声を失わせた張本人に会いに来た訳。魘されていても呟かれた、俺の名前。嫌いだと、言われない訳。


期待して、しまう。


(手前も好きなんじゃねえか、なんて)






「食ったのか、粥」


テレビに向かって動かない臨也に静雄は問いかけるが、臨也は何も反応を示さない。


「……また何か、盛ったかもしれねえのにか」


その言葉は嘘っぱちだったが、臨也の気を向けるにはこのような言い方しか見つからなかった。臨也は目を見開いて、こちらを見た。
その顔には、恐怖の色が垣間見れる。


(んな事、する訳ねえよ…!)
「一昨日の夜に、俺はここに来たな。そこで手前は俺にコーヒーを、出した」


臨也の赤い目は恐怖の色が薄れ、伏し目がちになり静雄の言葉に耳を傾けていた。


「そこで盛ったんだよ。新羅に貰った薬を。……そんな奴が作ったやつを良く食えたな」


臨也が一瞬キッとこちらを睨んだ。


「また何か、盛ったかもしれないのに」


言い終わるや否や臨也は持っていたクッションを静雄目掛けて投げつけた。
静雄はそれを受け止め、新羅から貰った小瓶――中に入っている液体を口に含んだ。
一気に臨也との距離をつめ、そして――――……


「、ん……」

口づけた。
あの液体を何か飲み物に混ぜたとして静雄がいるこの状況で飲んでくれる訳がない。静雄はそう判断し半ば強引に口づけ、必死に抵抗する臨也に液体を飲ませようとする。顎を上げて深く口づければ、臨也は苦しそうな顔をしてゴクリと喉を鳴らした。同時に体を押し退けられる。


苦しそうに何度も咳き込む臨也に手を伸ばすが、叩き落とされそれは叶わない。


「げほっ…ごほっ、…」


臨也の赤い目が生理的な涙で歪む。静雄はぐっと押しとどまるが、堪えきれず臨也を優しく抱きしめ背を擦った。


「息しろ、臨也…!」
「っ…!!」


最後に大きく咳き込んだ後、臨也は落ち着いたように肩で息をした。


「いざ、」







「…シズ、ちゃん……」


聞こえた声は、
幻聴でなければ、夢でなければ確かに聞きたいと願っていた臨也の声だった。



間違うはずのない、
(聞きたかった、手前の声)



(20100506)

20110425加筆修正

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