音を失ったならば、 | ナノ







臨也は何も言わず部屋に戻っていった。
その背中に声をかける事もできず、扉は閉ざされ、カシャンと鍵がしめられる音がした。


「何言ってんだよ俺は……」


臨也の辛そうな顔や、あからまさな態度にイライラしたんだ。だからあんな事を口走ったのかもしれない。


「もっと言うことあんだろ……」


くしゃりと髪をかき目を伏せる。手を叩かれた事が、少し予想外だったのだ。
傷ついていないと言ったら嘘になる。あの臨也の表情から、明らかな拒絶が垣間見れたのだ。


(くそっ…)


何度目かわからない悪態をついて、静雄はまたキッチンに戻る。
今、俺ができる事。それだけを考える。

臨也のために作った粥を温め直し、臨也が食べられるであろう量を考えて小さな器に盛る。

その時、小さく携帯が鳴った。
新着メール、1件。


「――………っ!!」




を失ったならば、





バタン、と玄関から音がして、臨也は息を詰まらせた。


(シズ、ちゃん?)


あったはずの人の気配は既に無く、静雄の存在を感じる事はできなかった。抱えた膝を崩し、扉に耳を押し当てるがリビングから何も聞こえてはこない。

帰った。
そうだ。さっきの扉の音が幻聴でなければ、静雄は出ていったのだ。ドクンドクンと胸が高鳴る。うるさい。うるさい。

自分で閉じた扉をゆっくりと解錠する。シン、と静まり返るリビングに、静雄の姿は無かった。
視線が泳ぐ。あの金髪を必死に探してしまう。姿は、どこにも見当たらない。

虚無感に襲われて、流れる静寂に身を震わせる。
だが、これが自分の望んでいた世界なのだと目を伏せた。


(ハハ…なんで悲しい、なん、て)



部屋に戻ろうと身をかえした時、


(……?)


視界の端に映ったもの。


(お粥……?)


まだ少し温かいお粥から、さっきまでここに静雄が居た事を露にする。
あの静雄が作ったのだろうか。
器の下には小さなメモがあり、静雄のつたない文字で書かれていた。


『味見はした。嫌だったら食わなくていい。でも何か食った方がいいから。』


そして最後に綴られた文字に、臨也は喜びを感じざるをえなかった。




『必ず戻る』





嬉しかった。

いや、独りが淋しいなんて思っていない。嬉しいなんて感じるのは、疲れていたに違いない。そうだ。そうに違いない。駄目だ、と臨也は顔を歪ませる。静雄の優しさに依存しては、いけない。勘違いしては、いけない。
自惚れては、いけないのだ。

そんな考えとは裏腹に、器を手にとりお粥を口に運んだ。
シズちゃん、と想いながら食べたお粥は優しい味が、した。


(おいしい、)





* * *




「早かったね」


新羅が白衣を翻し言った。
新宿から池袋までがこんなにも遠いのかと感じたのは始めてかもしれない。いつもなら、近すぎだからこそノミ蟲野郎がうろつくんだと吐き捨ているだろう。静雄は肩で息をしながら額に流れる汗を拭う。


『試薬品が出来た。確実に効果があるとは言えないけど、試す価値はあると思う』


あの時届いたメールは新羅からのもので、本文を見た静雄は気づいた時には臨也のマンションを飛び出していた。

治るかもしれない。そんな可能性を無駄にする訳がなかった。


「できたんだろ。早く…」
「静雄は今、臨也のマンションに居るんだろう?」
「だからなんだ」
「どうして、あの時臨也を追ったのかな?」
「あぁ?」


新羅は中に静雄を招き入れ、頬杖をついた。
セルティが横から紅茶を出し、新羅は笑顔でありがとうと返したかと思うと真剣な眼差しを静雄に向けた。


「どうゆう意味だ」
「俺はね、静雄。罪悪感でいっぱいなんだよ。だからこうやって薬を作った。あんな事になった発端は僕にある。臨也が情緒不安定なのも、静雄が今、ここに居るのも俺のせいだ。君達は確かに規格外だが、歴とした大切な友人だというのに」


新羅は自らを嘲笑うかのように苦笑を洩らし、紅茶に手をつける。


「君はどうだい。静雄。どうしてそんなにも必死になっているのか、考えたかい?それは罪悪感かい?同情かい?それとも、」


ふ、と新羅と視線がかち合う。
静雄の頭の中に浮かんだ感情。罪悪感。同情?それとも、それとも?


静雄は咄嗟に口許を覆った。
今、何を思った?

災厄しか呼ばねえノミ蟲野郎。俺のせいで喋らなくなった臨也。だがあの時、確かに名前を呼ばれた気がしてアイツを追った。そしてアイツは熱を出してて、嫌がったアイツを無理やり寝かして、そして……俺は…守ってやりたいと、思った。
何かしてやりたいと、思った。

罪悪感が無い訳ではない。
いやむしろ俺が罪悪感を感じるべきなのだ。だが、それ以上に。

アイツを愛したいと思った。


「俺は、」
「言わなきゃ、伝わらない事は沢山あるよ静雄。喋らなきゃわからない事は、沢山」


「好きなんだ」


出てきた感情は、こんなにも簡単な言葉だった。
イライラしていた理由も、守ってやりたいと思った理由も、愛したいやりたいと思ったのも。
こんなにも簡単な、


「すき、だ」


愛してるという形だった。



零れ落ちて止まらない
(俺は、アイツが愛しい)





(20100429)


シズちゃんが気づいた回。
愛しいとは思ったけど、好きとか愛という感情だとは思ってなかった静雄くん。
シズちゃんって鈍感そうだ。かわいい。

20110425加筆修正

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