不覚!授業中に勃起!

「もし、すまぬのだが。」
初めて声をかけてきたのは彼方からで、それは私達が高校へと入学して教室へと入ったすぐ後のことであった。
「申し訳ないがぬしの背が高くて黒板が見えぬのよ。良ければ席を変わってはくれぬだろうか?」
そう言いながら控えめに肩を叩く手は体に見合って小さく柔く、困ったように首を傾げる姿は私に新たな発見をもたらした。

(なるほどこれが妖精か。)

彼女を気遣う返事の一つも浮かばず、無言で頷くしか出来なかった己の口下手をああも悔やんだのは、後にも先にもその一度きりである。

無事に席替えを果たした私の視界に広がるのは素晴らしい光景であった。手を伸ばせば届く距離に小さな背中がちょこんと座り、ノートを取るのに背を丸めて時折プリントを渡す為に此方を振り返る。
席替えが行われてしまうまでの二ヶ月間、私はその愛らしい姿と学校生活を存分に堪能した。その間に、出席番号一つ違いの彼女、大谷吉継にすっかり惚れてしまったのは、言うまでも無いだろう。

そして二年生の夏、またしてもチャンスは訪れた。
「やれ、入学式の日を思い出す。」
「ああ、懐かしいな。」
冷静に受け答えが出来る程度になった己の成長ぶりを自分で誉めてやりたい。
神様仏様生徒会長の秀吉様、いずれの御方かは解らぬが兎に角その辺りの方が見事私に微笑みかけ、その夏、またしても刑部の真後ろの席を陣取ることが出来たのだ。
刑部と言うのは彼女の渾名で、その頃にはそんな風に渾名で呼べる程度の仲にはなっていた。
再び彼女の背を追えると言うその喜びに、私の心はまるで天にも昇るようなふわふわとした心地に包まれていたのだ。



事件が怒ったのはある暑い日だった。
体育の後、噴き出す汗を拭いながら何時ものように刑部の後ろ姿を見ていると、私は不意にとんでもない事に気が付いた。


(……白!!!!)


夏で、体育の後で、猛暑日で、汗で、その、あの、下着が……具体的に言うとブラなるものが。


(…透けている。)



その時の私の衝撃と喜びとその先への思考の飛躍と言ったらもう大変なものであった。
(下は!?下もか!?下もなのか!!!???)
高校二年生の男子が好きな女子の下着と出くわしたのだ、仕方がないだろう私は悪くない。
いや、私だって一応努力はしたのだ。だが例え血が繋がった息子であろうが産まれた時から共に居る相棒であろうがそれは所詮他人なのである。どんなに言い聞かせても息子は私の意思を尊重してくれないのだからこれはやっぱり仕方がない。
しかしだからと言ってこのまま放っておくわけにはいかなかった。まだ残り一年半もある高校生活に、こんな形で終止符を打つなど赦されるものではない。

(保健室にでも行くか…?いや今立ち上がる事はまかりならない。そもそも勃ち上がる事がまかりならない。)
脳内で必死に打開策を考える一方、視界は透けブラに釘付けでその下の聖なる白いデルタに想いを馳せている。

「……なり、三成。」
誰か私を射抜いて殺せと机に突っ伏しかけたその時。隣から自分を呼ぶ声がして、邪魔をするなと叫びたい気持ちを抑えてギリギリと首を動かす。

「三成、大丈夫か?さっきまで顔が真っ赤で…いやでも今は顔青くなってるぞ?」
そうして見えたのは、心配そうな顔をした家康と、先程までの体育で暑くなったのであろうタンクトップ一枚の長曽我部。更にその一つ奥には官兵衛まで居る。


それはもうびっくりする程よく萎えた。

先程までが常夏のリゾートでバカンスをしていた心地だとしたら、今は終電の終わった後会社に泊まり込んでクレーム対応でもしている気分だ。それはもう冷静になった。
五秒前のカウントをしていた筈の息子もまるで何事も無かったかのように静かになり、今ではズボンの上からさり気無く手を当ててみてもぴくりともしない。

「石田本当に大丈夫か?保健室行った方が良いんじゃねぇか?」
長曽我部にもそう続けられ、更にそのやり取りを聞いていたらしい刑部がちらちらと此方を伺う。その様子にまた大変な事になりそうだったので、素直に席を立つ事にした。

「今日初めて貴様に感謝した。」
教室を出る前に家康にそう言うと、そんなに気分が悪かったのかと余計心配されたが、それ以上は何も言わず私は己の心と息子との絆を鍛える方法を思案しながらふらふらと保健室に向かったのだった。