めざめる

「三成、刑部、朝だぞ!」
溌剌とした声は寝起きでぼやけた頭と耳には不快感としか響かず、無言で数珠を操って音のする方へ放り投げると、うわぁと間抜けな叫びが聞こえたので吉継は落ちた機嫌を元の通りに直して再び目蓋を閉じた。
しかし残念ながら二度寝などと言う怠惰をもう一つの熱源が許すわけもなく、抱き付いた格好のまま起き上がれば自然と腕の中の吉継も布団から剥がされる。

三成も三成で、呼び声に起き上がったは良いものの寝起きの悪さには定評のある彼が直ぐ様何かを考え行動を起こせる訳も無く、ぐずぐずと吉継の肩に顔を埋めて甘い匂いに再び眠りの淵へとその意識を歩ませた。
家康は溜め息を吐きながら薬と包帯の入った籠を置くと、慎重な、されど重厚な足音が近付いて来るのに気付いてそちらへと顔を向ける。

「漸く起きたのかお前さん等。」
一抱えもある盥いっぱいに水を入れて官兵衛が部屋に入ると、其処はどうにも力の抜けるゆったりとした空間だった。ほぼ毎朝の事であると言うのも重なり、毒を吐かぬ二人を揶揄する気も今更沸かず、はぁと大きな溜め息を吐くと盥を床に置き、中に入れておいた手拭いを絞ると駄々っ子を追い払うようにしっしと手を振る。
「ほら三成、早く顔洗え。刑部は離す。」
三成はそれに怒る事も無く素直に腕の力を抜いて膝立ちになると、覚束無い足取りで盥に近付き、ばしゃばしゃと乱暴に顔を濡らした。

「相変わらず無茶苦茶するなぁ二人共、包帯がぐちゃぐちゃじゃないか。」
家康が苦笑しながら見た先では、様々な液体に濡れて最早紐のようになった包帯が、辛うじて斑の肌に引っ掛かっている。
病んだ肌を傷付けぬようそっと包帯に触れる家康とは反対に、吉継自身は大雑把にそれを毟り取ると、官兵衛の持っている手拭いを奪い肌の上で乾いて固まった液体を拭った。

「起きた、もう良い。刑部布を寄越せ。」
「あい、…ああ無精をするなちゃんと濯げ。」

口が回るようになればそれは二人の意識が覚醒した証であり、此処で深追いして更に世話を焼こうとすると先程までの恩も忘れて、大人しい態度から一転噛み付かんばかりに食って掛かるのでこれ以上はもう手出しが出来ない。
家康と官兵衛は、顔を見合せやれやれと肩を竦めると、汚れた盥と包帯を抱えて二人仲良く部屋を出た。