甲斐性なし

大体いつもそうやって張り合おうとするから困るのだ。余計な揉め事は無い方が良いに決まって居るし、戯れに何かを競う事があったとしてもそれは武術だとか、知恵だとか、もっと有益な勝負の方法があるではないか。一体どうしてそうなった、普段なら睨み合う両人の間に割って入る事など造作も無いと言うのに、今回ばかりは勝手が違うと頭を抱えて忍と策士は低く唸った。

「佐助ほど出来た嫁は他に居りませぬ。忍としての任務は勿論、家事はいつも完璧にこなし武田軍の金庫番まで勤めている。」
「何を言う、私の刑部こそが最高の嫁だ。三歩下がって夫の影を踏まず、いつも陰日向とこの豊臣軍を支え、雅と風流を愛するその気高き姿こそ至高と呼ぶに相応しい。」
見回りをしている足軽の生温かい視線が痛い。佐助と吉継が言い争いに気付いて訪れた時には既にこの有様で、夢中で惚気る愛し子に声を掛けることも出来ず、かと言って引き返すことも出来ずに真っ赤な顔をしてただその場に立ち尽くす。

「だから貴様らは愚かだと言うのだ。」
凛と響いた声がその場に響き、嫁自慢に夢中になっていた二人もそこで漸く口を閉ざすと言うことを覚えた。
つかつかとその争いの渦中へと歩み寄ると、ふんと鼻を鳴らして高圧的に、しかしどこか甘やかさを含んだ声色で誰にともなく言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「嫁と言うのは馬鹿でも仕事が出来ずともただ可愛ければ良いのよ。その甲斐性無しを養ってこその夫であろう。」
びしりと指を突き出し高らかに宣言する元就の姿は、言い争っていた幸村と三成だけではなく、絶え間なく繰り広げられる羞恥プレイに心を閉ざしていた佐助や吉継の心までもを打つような男気に溢れたものだった。

「なぁ毛利それ良い事言ってるようだけど俺貶されてるよな?な?」
釈然としない顔で緑の袖に縋る元親の姿さえ無ければ。

しかし残念ながらそれに関して救いの手は差し伸べられない。今この場に居る人間の意識は、全て愛と日輪の使者である毛利元就に持って行かれていた。
「妻が下らない趣味や浪費癖があるのならば、それを穴埋めするだけの稼ぎを夫がすれば良い。男とはそういうものであろう。」
元就は美しい顔をきりりと引き締めて幸村と三成を見つめると、違うか?と厳しく諭す。

「・・・悔しいが、貴様の言うとおりだ。」
「某は、佐助に頼り切りであった。」
がくりと膝を付き、己の不甲斐なさに身を斬られるような思いで首を垂れる。
しかし人とは時には間違い、時には回り道をしながら成長していくものなのだ。二人にとって今回の元就の言葉は、自分と愛する者とを顧みて、一回り大きくなり、また同盟相手である元就との仲を深める良い切掛けにもなったことであろう。そう考えれば、今この虚無感も、前に進むための必要な痛みなのである。

「なあ毛利俺ってお荷物!?なぁ!?」

しかし涙目で叫ぶ元親の訴えに、残念ながら応えは無かった。