ぷちぷち

膿とはつまり体内から排出された毒のようなものなので、そのままにしておくよりは当然全て出し切ってしまう方が宜しい。しかし排膿させるにしても、大小含め全身に散らばる異物の数は恐らく百を数えるでしょう。これだけの数を全て刃物で切っていくとなると、血も流れるし身体に対する刺激も大きすぎて良くはない。取り敢えずは大きなできものだけ切開して、残りの小さなものには軟膏でも塗って様子を見ましょう。

先日落とした城より新たに招いた医師がそう告げると、本日の診察は終了した。吉継は声を出さずに一つ頷いただけだったが、代わりとばかりに問い掛けたのはずっとその隣に座っていた三成だ。
「刃の刺激が良くないと言うのならば、私が指や爪で押し出す分にはどうなのだ?」
それを聞いた吉継は目を剥いて友を見つめた。一体この男は何を言い出すのか、病に爛れた身体に触れる上に、その穢れの塊とも言うべき血膿を手ずから搾り取ろうなどと。
しかし問われた医師は顔色一つ変えずに暫し考えるような素振りを見せると、なるべく膿だけを出し、血と透明な浸出液はあまり拭ったり触れたりしないようにと肯定としか思えない返事を返して、今度こそ頭を垂れて部屋から出ていった。

「み、つ…「包帯を取るぞ。」
部屋の襖を開ける時も同じであるが、三成の言葉は伺っている風でその実決定事項を述べているに過ぎない。
今も吉継の返事を聞かぬままに残っていた包帯を剥ぎ取ると、ざっくりとその身体を検分してから並べられていた懐紙を手にし、晒された胸をさらりと撫でると今度こそ質問の体を成して問い掛けた。

「何処から始める?」
もう此処まで来ては逃れる事も出来ない。溜め息を吐きながら、せめて水桶を用意させよと忠告して首筋を晒け出した。水桶は勿論、終わった後直ぐに三成が手を洗えるようにとの準備である。


三成の真っ白い指が、うなじの赤く膨らんだ部分に触れた。
両手の人差し指で挟み、一息にぐっと力を込めると、皮膚が裂けて吹き出物の芯が飛び出し、続いて薄黄色をした膿がじゅくじゅくと滴り落ちる。
吉継は唇を噛み締めてその小さな痛みをやり過ごし、一旦指の離れた隙に止めていた息を吐き出した。しかし直ぐにまた別の場所の皮膚が押され、この痛みが後何度も繰り返されるのかと気付いて身体が強張る。

首が終われば次は少し下がって背中であった。皮膚は首にあったものより少し固く、先程よりも指に込める力を強くして同じように膿を出す。今度は吉継も覚悟があったからか、痛みはそれほど鋭くも無く、代わりに蓋のようになっていた白い芯が飛び出す時の、ぷつりと言う音が耳ではなく身体の中を通って脳に届いた。

そうして三つ、四つと上の方から順番に吹き出物を潰していくと、やがて親指の爪程の大きさに育ったものに辿り着く。
それは医師が小刀で切開しようと言っていたものの一つであるが、これも今まで通り指で押せば大丈夫であろうと、皮膚の薄くなっている所を探してそこに圧が加わるよう、両手の人差し指と親指で包むように押さえる。

ぶち、と派手に肉の裂ける音は三成の耳にも届いた。吉継も流石に今回は目に見えて身体を跳ねさせたが、それでも声は出さずに唇を噛んで堪え忍ぶ。
「痛かったか?」
「…他の場所と大差ない。」
それはつまり今までも痛かったとそう言う答えに他ならないのだが、三成はそうかと答えただけで他に何も言わなかった。いや、言えなかった。

部屋には濃く重たい臭気が漂い、黄色く濡れた懐紙が山と積み上げられる。
老廃物を出来心で手に取り、粘度を確かめるようにぴたぴたと指先をくっつけ眺めていると、そんなもので遊ぶでないと吉継からの叱責が飛ぶ。
大きな膨らみの中には当然、小さなものよりも多くの澱みが溜まっており、それまでは一度押してやるだけで直ぐに黄色が赤へと変わったのに、今は二回三回と押してもまだ膿が溢れ続けている。
口惜しさにぎりりと歯を噛んでその場所を揉み続けていると、やがて疲れたような声で吉継からの制止が掛かった。

「もう、良い、残りは己でも手が届くゆえ。」
後ろ手に手を伸ばし、三成の胸を軽く押して拒否を示す。
背のあらゆる場所にピリピリジクジクとした痛みが広がり、普段のむなぎが這い回るような不快感と一体どちらがマシであろうかといっそ真剣に考えてしまう。
三成は一度は素直に腕を引いたのだが、いやしかし最後にもう一つと食い下がったので、吉継の方も次で最後なればと拒絶を示していた手を下ろして前に回すと、畳に両手を付いて差し出すように背を丸めた。
「此処は、自分では無理だろう。」

しかし三成の手が伸びたのは背でも腰でもなく尻の間の更に奥で、驚き振り返ろうとする吉継を無視して膝を立たせ、獣のように四つ足をつかせる。
そうして露になった陰嚢の裏の部分に、小さく尖った場所があるのを、幾度も其処を撫でた三成だけが知っていた。
男の弱点を掴まれ、そのまま中の玉を転がすように揉まれたかと思うと、次の瞬間躊躇いも無しに浮かんだ異物は潰される。
「ギャッ!」
有り得ぬ場所から何かが飛び出す感覚と鋭い痛みに、流石に声を殺す事も出来ず、どれ程ぶりになるか分からない何も飾らぬ叫び声が自然に喉から溢れ出る。
しかしこれで漸く終わった。ぜいぜいと荒い息を吐きながら涙を堪える吉継の、その痛む背に降ってきたのは何故か熱っぽい声であった。
「刑部。」

半裸で四つん這いになり三成へと尻を付き出している格好が、一体何を連想させるのかなんて考えるまでも無い。
痛みも疲労感も文句も幾らでも湧き出て来たのだが、それよりも諦める方が早かった。

「好きにしやれ。」

痛みを紛らわす為と、そう内心だけで言い訳しながら。