エースをしばけ!


政宗は一枚の用紙を大切そうに見つめると、やがて床に置いていたバッグを持ち上げ肩へと掛けた。
部室棟は見学の新入生と勧誘の上級生で溢れかえっており、目的の場所に辿り着くどころか、探すだけでも必死である。しかし彼はその間を悠然と通り抜け、初めて向かう筈のその場所にまるで吸い寄せられるかのように歩みを進めた。

「政宗殿!」
その最中に名を呼ばれて振り返ると、そこには小学校からの同級生である家康が、期待しているような、それでもどこか不安気な表情を浮かべたまま確認するように問いかける。
「行くのか?」
政宗はああ、と大仰に頷くと、バッグの中にあるラケットを愛おしそうに撫でて、強い視線で前を見据えた。

「俺はこの婆娑羅中学で、六爪流を極めてみせる。」

あまりにも真剣な友の様子に、家康はそれ以上かける言葉を見つけられなかったが、それでも唯一つだけ、彼に教えられる事がある。
「・・・テニスは、ラケットを二本以上持てないんだぞ。」
しかし、その声が届く前に入部届けを握りしめた政宗は足早にテニス部の部室へと向かっていた。

到着した部室には監督どころか上級生を含み誰の姿も見えず、これはタイミングを誤ったかと舌打ちを一つ放つと、しかし直ぐに気を取り直してならばコートだと外へ出る。
やがて辿り着いた緑の大地には溢れる程の人だかりが出来ており、その中に見知った顔・・・前世では真田の忍であった猿飛佐助がカメラを片手にうろうろと様子を伺っているのを発見して、思わず声を掛けた。

「えっ、独眼竜!?」
彼はその瞬間、まるで幽霊にでも出くわしたかのように上から下までまじまじと眺め、呆けたようにぽかんと口を明ける。
しかしすぐに気を取り直すと、前世のようにニヤリと底の知れぬ笑みを浮かべて、政宗にカメラを向けた。
「そのラケット、って事はアンタもお蝶夫人に挑戦すんの?」
「お蝶夫人・・・?」
どこかで聞いたことのある名前に政宗は眉を寄せる。すると佐助は、知らないんだと何処か馬鹿にしたような声色で言うとシャッターを切った。

「小学生の時からジュニア大会で活躍してたプレイヤーさ。多分うちの学校で一番強いんじゃないかな?」
佐助曰く、現在二年生である彼女は、その圧倒的な強さで上級生を押し退け一年の時から正レギュラーの地位を獲得しているらしい。
人混みはそのプレイを見る為に集まった野次馬らしく、これだけの人間を惹き付けて止まないお蝶夫人とやらに、政宗は酷く興味をそそられた。
「ふぅん・・・?」
鼻を鳴らして野次馬に混ざり、フェンスの隙間から覗きこむ。

複数あるコートは全て埋まっていたが、誰が目的の人物なのか、後ろ姿だけで直ぐに解った。
背に靡く金髪は、毛先十五センチがくるんとカールしており、縦ロールとまでは言わなくとも何となくゴージャスな印象を放っている。さらに彼女の後頭部では真っ赤なリボンがまるで蝶々のように揺れており、その姿は確かにとある少女漫画に出てきた同名の少女を彷彿とさせた。
暫くの間、遠くから彼女のプレイを伺っていると、スマッシュもサーブもキレがよく、まるでボールを自分の意のままに操っているようなその動きに、今度こそ政宗の闘志は燃え上がる。

「Hey、そこのButterfly!」
自分の事だと認識したのかどうかは定かではないが、とにかくその叫びでお蝶夫人は振り返った。
それを好機と捉え、誰にも口を挟ませぬまま政宗は言葉を続ける。
「女だろうが容赦はしねぇ、俺と勝負しろ!」
「待つんだ政宗殿!」
いつの間に追い付いたのか、家康が駆け寄る。
少女は唇をゆがめると、挑発するかのように指先を曲げて見せ、政宗はそれを見るなり家康の制止を振り切りコートに駆けた。
背負ったスポーツバッグを放り投げ、中からラケットを取りだすと、懐かしい六爪流の構えで金髪を揺らす上級生と対峙する。

ちなみに六爪流の欠点なのだが、両手が塞がっているのでサーブが非常に打ちづらい・・・と言うか打てない。
元々ボールを持っていたというのもあり、自動的にサービスは蝶の少女が放つ事になる。しかしその程度は政宗も予想の範囲内で、ツイストサーブだろうが恐竜絶滅だろうが来るなら来いと六爪を構えた。

少女の放つボールは確かに力強く、また素早かったがそれでも至って普通のサーブで、政宗の放つPHANTOM DIVEの前では軽くいなされてしまうだろう。
しかし、そう感じたのは一瞬で、次の瞬間には政宗は自分の目を疑う事になる。
放たれたボールが分裂した。いや明らかに増えた。

二つが四つになり、四つが八つになって政宗目がけ襲ってくる。
「なっ・・・!?」
増えたボールは政宗の身体を包むと、その場に真っ暗な沼地を作り出してずるりとその身を引き込んだ。
碌な抵抗も出来ぬまま、その沼に溺れもがいていると、やがて爆風に吹き飛ばされてその場に突っ伏す。

(馬鹿な、まさか。)
どこかで経験した事のあるその技に冷や汗を流し驚いていると、余裕ぶったその少女に向かい、銀髪の男が駆け寄るのが見えた。
まさか、と思い顔を上げると、倒れた自分に近付いた家康がその動きを止めて相手コートに魅入っている。


「三成!」
その唇から零れたのは、仇敵の名。

「イイィエエェヤアァスウゥゥゥゥ!!!!」
懐かしい叫び声を上げながら殴りかかるのを、ひらりと避けて家康が微笑む。
「今生では健康なんだな!刑部!」
そうして感激した様子で少女の肩を掴もうとした所、私の刑部に触れるなと再び三成が吼え今度こそその拳は掠った。

「は、刑部って・・・。」
のろのろと起き上がったは良いものの、未だ呆然としたままの政宗に家康が答える。
「ああ、そうか政宗殿は前世では素顔を見たことが無かったのか。大谷吉継、刑部だ。」
そう言って手を差し伸べられると、少女・・・吉継はふにゃりとかとろりとか擬音のつきそうな甘い笑みを浮かべて、辛辣な口調で政宗を笑った。
「我と知って挑んで来たのでは無かったのか?ヒヒ、ならばもうちと手加減してやるべきであったか。」

その余裕ぶった態度が癪に触り、吐き捨てるように言って顔を反らす。
「テメェの顔なんて碌に見て無かったからな。」
「睫毛が金色だったじゃないか。」
まさかの家康による追撃に、そんな所まで見てませんと思わず敬語で返しそうになった所で、一つの屈辱的な事実に気がついてその場で頭を抱えしゃがみこんだ。


つまりあれか、俺は前世で石田にパーンされたかと思ったら今度は大谷にまでパーンされた訳か。


打倒石田軍の旗を再び掲げる日は近い。