陣の中



暗の星の告白


奴が一番小生のことを舐めている。それがそもそもの間違いだってんだ。
手枷の所為で何も出来ないと、奴さんは思っているんだろう。だけどそんなことはない。速度は確かにのろまだが、ちゃんと走ることだって出来るし、この相棒を振りまわして戦うのだって、今ではもう慣れたもんだ。
それに、小生にだって部下が居る。穴倉で一緒に戦った心強い仲間達だ。
大体、四国を攻め滅ぼした小生の実力はアイツが一番解っていた筈だろう。本物の暗にそんなことが出来るわけがない。

お前さんは一体小生の何を見た。何を知っていた。そんなに見下してたって、そう言いたいのか。

刑部が一体何をしたと思う?アイツは自分の部下を、小生を守る為にこっちに寄越しやがったんだ。西軍の副将であり、病を患い、一人では立つことすらままならない刑部よりも、ちょいと枷を括りつけられただけの小生に、大事な盾を、部下を付けやがったんだ。
今の西軍に於いて敵が一番に狙うのが誰かなんて、一兵卒でも解りきってる事なのに。

刑部の細い身体が地に落ちた時、きっと一番悲しんだのが三成で、一番怒ったのが小生だ。
なぁ、小生はそんなに駄目な奴なのか。豊臣軍の副将として、守らねばならないお前さんよりも多くの部下を付けさせないといけない程、小生は弱っちいと思われているのか。答えろ刑部、答えろ。


小生は、弱い自分が何より歯痒い。


***

凶王の懺悔


それが視界に映ったのは、奇跡であったのかそれとも本能で何かを感じ取っていたからなのか。
ひらりと軽く舞い上がった姿は正しく蝶そのもので、刹那何が起こったのか理解できずに思わずその羽ばたきに見惚れてしまった。

次に私の心を襲ったのは恐怖。刑部が、敵の攻撃を受けたのだということに漸く気付き、大急ぎで奴の傍へと駆け寄ると、敵味方を判別する余裕も無くがむしゃらに刀を振りまわした。

やがて辺りを一掃し、小さなうめき声を上げる刑部の細い体を抱き起こした時に、違和感を覚えたのだ。自分の主が怪我をしたというのに、誰一人それを助けようとしない。いや、そもそも味方兵の姿が見えない。
戦慣れした豊臣の兵が、この程度の怖気づいて逃げるなどとは考えられず。ならば何故と思った所で、慌ただしい足音が響き顔を上げる。

現れたのは、刑部の部下と官兵衛だった。


呆然とした官兵衛の表情を見て、私まで血の気が引いていく。腕を封じられた官兵衛に、自分の部下を付けようとすることくらい、解っていたことではないか。
それなのに私は、刑部を一切顧みることなく一人がむしゃらに突き進んで行ったのだ。刑部を、守ることすら出来ずに。


嗚呼、私は何も出来ない私を誰よりも憎む。


***

沼地の蝶の白状


しくじったと思わぬでは無かった。
普段ならば部下の誰かが割って入るか、そうでなくとも声の一言くらいはかけるのに。生憎と全て暗のところへと遣ってしまったので、久しぶりにたった一人で陣の外へと向かったところがこの様である。
振りまわされた大槌を避けられず、蟲のようにあっけなく吹き飛んだのは、言うなれば自身の驕りと油断、それから張り巡らせた計略の不足故のものであった。しかし、他の者はそうは思わなかったらしい。

三成どころか、暗にまであのような顔をさせるなど。
これもまた我の撒いた不幸なのであろうかと、傷つき薄れる意識の中でただ後悔だけが胸の中を焼いた。


われはわれを恨む。あの者を、不幸にさせたわれを。


***

番外:刑部が死ななかった本当の理由

南部に呼出されし大谷の物語


「絵面がとんでもない即刻止めやれ」