なまにえ


「その仮面、取って見せちゃあくれないか。」
廊下ですれ違った天海の腕を掴み、小十郎は低い声でそう嚇かした。
頼むと言うには生易しく、脅すと言うには生温い囁きは、普通の人間ならば震え上がってしまうような声色だ。
しかし僧侶はどこ吹く風で、穏やかな笑みを浮かべたままのらりくらりと小十郎をかわして見せる。
「おやおや…随分と乱暴な事をなさる。」
距離を取ろうと動いたのは小十郎にとっても計算の内で、予測した行き先通りに動いた天海の両手を封じると、背けた顔に手を伸ばした。

仮面に指先が触れようとした、その時。

「こ、こ、小十郎さん!?」
ぴゃっ!とどこか愉快な叫び声が上がって気を取られた瞬間、天海は自分の腕から逃れてするりと金吾の元へと向かってしまった。
あまりの不覚に思わず舌を鳴らしてしまう。言い訳をするなら、殺気が無さすぎて気が付かなかったのだ。

「止めてよ駄目だよ、幾ら天海様が綺麗だからってそんな…!」
涙目の金吾は明らかに何か勘違いをしており、小十郎は慌ててその誤解を解こうと声を掛ける。
「おい、何か勘違いしてないか。」
「片倉様…ああ酷い、こんな非力な僧に無体を強いるなど…。」
「テッメ…!」
しかしそれも天海の煽るような物言いの前には歯が立たず、結局金吾は顔を赤くしたり青くしたりした後に天海を連れて奥へと引っ込んでしまった。

額に手を宛て嗚呼、と項垂れるも後の祭りで、取り敢えず主君にこの不手際を報告せねばと重い足取りで部屋へと足を進めた。

宛がわれた部屋に帰り恐る恐る一部始終を話した所、政宗には大爆笑された上に指まで指される羽目になる。
「ひっ、ひ、ひーっひっひ!は、腹痛ぇ…げっほ、は、ひっ!」
酸欠で涙目になりながらも尚、床を転げ回る主に、返す言葉も無いとただ頭を垂れて続く言葉を待っていると、漸く笑いの収まった政宗から思いもよらない指令が下された。

「勘違いさせとけ。」
「は?」
いやしかし、と思わず口を挟もうとした所で、ぎらりと光る片目に気付き口をつぐむ。
「近付く良い口実になるだろ。」
低く囁かれた内容に、成る程そう言う考えもあるのかと納得し、それならば何としてでも近付き正体を暴いてやろうと、小十郎はひっそり決意した。