官兵衛が相変わらずの不運を発揮して大阪城の庭に穴を開けたところ、何とそこから温泉が湧いた。
一攫千金、漸く運が回って来たと喜ぶ官兵衛に続いて、その現場を見ていた元親と幸村がおお、と思わず感嘆の声を上げるのも無理は無いだろう。
秀吉様の庭に穴を開けるなど!と叫ぶ三成に鞘で殴られるのはお約束だったが、それでも折角湧いた温泉に、浸からない手など無い。


大阪城良硫温戦


佐助が細事を終えて大阪城へと戻った時、広間では吉継と元就が二人でまったりと碁を打っていた。
「あれ、他の旦那方は?」
きょとりと目を丸くしながら尋ねると、元就の動向をじっと見詰めたままの吉継が言葉だけを返す。
「魚が温泉に入ると煩くてな、それに付き合わされておる。」
黒い石がぱちりと置かれ、順番の回ってきた元就はふむと顎に手をかけ次の一手を考える。
その静かな空間は、しかし長くは続かなかった。

「え、嘘ちょっと待ってそれヤバいって!」
吉継の答えを聞くや否や、慌てふためく佐助に集中力を乱された元就は、止めだとばかりに頭を振り、美しい眉間に皺を寄せて鼻を鳴らす。
「何だ、蒙古斑でも付いておるのか。」

その言葉に吉継が、なんと誠のやや子が居ったかなどと笑うと、それを制するようにぎらりと佐助の目が光った。
「西軍の総大将が交代したり、鬼の旦那が姫返りする事になっても俺様は知らないよ?」
静かな声が本気だと言う事くらいは嫌という程知っているが、生憎こちとら黒幕コンビ、その程度で脅かされるような柔な心は持っていない。

「三成を見くびって貰っては困るナァ、太閤には劣れど、あれの凶王様も中々のものよ?」
「我の姫若子は永遠のネンネぞ。今さら誰に負けたところで引き籠るものか。」
吉継は兎も角、元就はかなり酷い事を言っている気がするのだが、残念ながらそれに突っ込んでくれる人間はこの場には居なかった。

なれば取って置きの話をしてあげよう、怪談話でもするような口調で佐助が呟くと、何故か辺りの温度が一気に冷える。
「…甲斐の武田信玄が大将を見初めたのは、大将がまだ元服していない頃だった。」
告げられたのは、たったそれだけ。
しかし、今までの会話とそこから導かれる答えは、恐ろしい現実であった。

どうしてそうなったのか。よりも先にうっかり脳裏に過った言葉は、え、そんなに?である。
流石の知将達が思わず冷や汗を流したその時。
「っ、うわぁぁ!」
そんな叫び声と共に、バシャーンと大きな水音が響き渡った。
元就は碁盤を放り出し、吉継は佐助に抱えられ、三人は慌てて音のした方へと向かう。


石造りの簡易な湯船の中、元親が妙な体勢で転がっている。三成は浴槽の淵で頭を抱え何かをぶつぶつと呟いていたが、そんな奇妙な様子も二人には見えていなかった。
否、見えてはいたがそれどころでは無かった。



天!覇!絶砲!!真田幸村!見参!!


何処からかそんな名乗りが聞こえた気がする。そうかこれが噂の脳内再生か。
ちなみに幸村は突然倒れた元親を見ておろおろと狼狽えているだけで、全裸である事意外は普段と何ら変わり無い。

「これが…日本一の兵…。」
「真田砲恐るべし…。」
ごくりと唾を飲む二人の視線は、武士の武士たる所以に釘付けである。これと共に風呂に入るなどわれには出来ぬと言ったのは、果たしてどちらであったのか。
ともかく、裸で並んだが最後男としての矜持は粉々に粉砕されるであろう。

「秀吉様を越える男が居るなど、私は認めないっ!認めてなるものか!!」
三成の慟哭に、だから言わんこっちゃないと佐助は額に手を宛て俯いた。

そんな中、いち早く復帰したのは謀神毛利元就。ならば…その為には…と幾つかの布陣を練り上げ、期は熟したと高らかに宣言した。

「此処に徳川と伊達を呼ぶぞ!!」



天下分け目の決戦は関ヶ原ではなく大阪城の温泉で行われる。のかもしれない。