クラインとかの壺

「やれ三成、それではなくその右側よ。」
「これか…おい刑部、空ではないか。」
「ハテ、それは参った補充を忘れていたか。まぁ、それなら無くても良かろ。」
「貴様…もっと自身を案じろといつも言っているだろう!もう良い私が取ってくる!」
「ちと待ちやれ…っあ!」

ガシャン、バタン。
言い合いの果てにそんな音が廊下にまで響き、家康は今度は一体何をしたのかと些か呆れたような苦笑を漏らした。
その右手には先日吉継から借りた書物が何冊も握られており、どうせだからこの本を返すついでにたった今散らかったであろう部屋の片付けでも手伝ってやろうと、厚い襖に手をかける。

「…え。」
そこで家康が見たのは、着物を乱して蒲団に倒れた吉継と、その上に覆い被さっている三成の姿だった。
二人の近くには薬入れと思わしき箱と、軟膏を入れるような坪が幾つか転がっている。

いやいやいやいや落ち着けワシ。俯いた家康は心中で頬を張り、叫びだしそうになったのを何とか耐えた。
さっきの言い合いを聞いていただろう、それに何かの崩れる音もだ。そうだこれは事故、偶然が重なりこうなっただけだ、大丈夫解ってる。この程度で二人を見る目が変わったりしないさこれも絆!!
脳内でそんな呪文を唱え終わる頃には家康の精神も回復し、言い訳は無用ださぁ来い!と顔を上げると、三成の冷たい視線が突き刺さった。

「何をじろじろ見ている。」
一刀両断、じゃあ吉継の上から退けば良いんじゃないかなと言える雰囲気では無く、更によくよく見ればその左手はしっかりと吉継の腿の辺りを抱いている。
そんな違和感を覚えた頃には既に時遅く、にやりと厭らしく瞳を歪めた吉継の笑い声が耳を擽った。
「ヒッヒ、大方経験が無くて固まっているのであろ。愉快よな。」
その爆弾によって家康の頭の中はちょっとした焼け野原である。え?は?経験?ちょっと待って欲しい、今しがた鋼の心を急拵えしたと思ったのだが、その努力が報われる様子は無い。

「え、経験って…え?…二人は何を…?」
ようやっとそう尋ねれば、三成は僅かばかり剣呑だった表情を緩め、呆れを通り越し不思議なものでも見るかのように首を傾げた。
「何だ、貴様は閨事も知らんのか?」
更には吉継までもが、どこか心配そうな声色で問い掛ける。但し押し倒されたままの上に三成の首に腕を回し始めたが。
「経験が無いのはともかく…その年でそこまで何も知らぬのは、ちとどうかと思うぞ?」

知らない訳じゃなくていや確かに二人の関係は知らなかった訳だけれども。それでも何かが違うと叫びたくなる事に関して、きっと無知は罪ではない。
しかし残念なことに、罪であろうが無かろうが、追撃の手が休む事などありはしないのだ。

「ああ、そうだ丁度良い。私の部屋から潤滑油を取って来い。」
これがもし、ほんの少しでも状況が違ったのなら、気心の知れた友人への頼みと感じ二つ返事で請け負っただろう。しかし今の現状ではただの性的嫌がらせに他ならない。
ワシはどこで間違った、空気は読める方だと思っていたのに。脳裏に手枷の付いた大男の口癖が過り、ついでに無言でその場から走り去った。

「三成、奴が油を届ける頃にはわれらは裸よ。流石にそれは酷であろう。」
「む、そうか…それは悪い事をしたな。」
吉継の気遣いも三成の謝罪も、聞こえないったら聞こえない。あの二人がそんな事言うわけ無いよなこれはきっと夢なんだ。

後日、こっそりと送られた春画の数々に、家康が堪えきれず何故じゃと叫んでしまうのも仕方のない事だった。