寒い夜だから

吐息の白くなるこの季節。曇天の中、ぽてぽてと体格に見合わず小動物のように道を行く金吾は吹き抜けた寒風にぶるりと身体を震わせて背後に立つ白髪の僧侶を振り返る。
「寒いよ天海様ー!手繋ごうーって冷たっ!天海様の手冷たいよぉ。心があったかいんだねぇ」
返事も聞かぬ内に天海の手を取った金吾は、その冷え冷えとした温度なき手にぴゃっと身を竦ませた。
躊躇いなく寄せられる熱にぱちぱちと不思議そうに瞬きし、それでも手を離さない自分の主へ天海は見えない口を歪め、だが何処か優しい響きで言葉を返す。
「おやおや・・・それじゃあ手が温かい金吾さんは心が冷たいんですかねぇ」
くす、と揶揄う声に金吾は元より丸い頬をぷくりと膨らませ繋いだ手をぶんぶん振りながら憤慨の意を示す。
「えー酷いよ天海様ー」
「ふふふ」
むくれながらもぎゅうぎゅうと繋いだ手に力を篭め甘える金吾の様子と、宥めるよう繋いでいないもう一方の手で金吾の頭を撫でる穏やかな天海の様子も相俟って二人はまるで親子か兄弟、家族のようだった。


その光景を見て羨ましくなったのか、武田の若虎は自分の忍をちらちらと振り返る。
気が付いていない筈がないのにつんと澄まして余所を向く佐助へ幸村は耐え切れず声を上げる。
「佐助ぇ!」
命令というよりは懇願、虎の睨みというよりは子猫の上目遣い。そんな主の態度に呆れたよう、諦めたよう、それでも仕方ないという風に繕った眼差しからは隠し切れない愛しさを覗かせて。
やれやれと天を仰いで篭手を外し、健康的な色をした武骨な侍の手と己のしなやかな忍の手を合わせた。
「あーはいはい分かりましたよ。真田の大将は外見も中身もぬっくぬくだねぇ」
苦笑を洩らし皮肉っぽく告げても言葉の端から滲み出るあたたかさはそれを裏切っている。
幸村もそれに気付いているのか、ただただ嬉しげに笑いその台詞に同調し答えた。
「うむ、熱血ぅ!!」


見るともなしに見ていた、というよりむしろこれらの光景を凝視していた三成は仁王立ちのまま背後の吉継を振り返りもせず叫んだ。
「刑部ー!!」
そこに居ると疑ってもいない声。名前を呼ぶだけで伝えたい事全てを理解してもらえると信じきっている愛しの狂王様に、吉継は胸から溢れる感情を抑えられず甘く緩んだと自分でも自覚のある声でその期待に応える。
「あい、主はほんに困ったややこよなぁ。ほれ、包帯が厚くて温度もなかろ?」
静かに横へと寄り添い、包帯の巻かれた枯れ木のような指で白い指を搦め捕れば、三成はその指をそっと絡め返し口許を僅かに綻ばせ唯一無二の人へ視線を合わせた。
「いや・・・私には一番心地良い温もりだ」
珍しくも柔らかい三成の表情に吉継はぱちくりと目を丸くし、やがてゆるゆると眦を下げる。
そうして包帯の下にある肌が朱色に染まっている事に気付かれないようそっぽを向き息を吐いた。
「全く、困ったコマッタ・・・」
だがしかし、愛しげに目を細める三成には全てお見通しかもしれない。


そんな彼らを遠く離れた後方から気が付かれないようじっと見詰めていた家康は、頼りになる自身の部下を見上げさっとその手を取る。
「ワシらも繋ぐか。手を繋ぐのなんて久しぶりだな!」
「!!」
わたわたと慌てる忠勝へ朗らかに笑いかけ、家康はその手を一層強く握り締めた。
「やっぱり忠勝の手は堅いなぁ。ワシを守ってくれる、強くも優しい手だ」
しんみりした呟きにはっとしたように固まった忠勝は、そろりそろりと主の小さな、しかし偉大な手を握る。
忠勝の予想通りな反応に、家康は相手からは見えないようにふふっと笑みを浮かべた。










彼らを見て先程からずっとそわそわうずうず手を結んでは開いていた政宗は、背後で静かに佇む右目へ遂に声をかけた。
「HEY小十郎・・・ちと寒くねぇか?」
奥州筆頭たる己が彼らのように自ら手を繋ぐ事をねだるなど恥ずかしくて出来はしない。しかし優秀な部下である小十郎なら直接言わずとも分かってくれる筈。
政宗は期待に胸を高鳴らせながら相手を見た。が。
「何をおっしゃいます政宗様、雪も降らないこの程度の気温で。奥州に帰ったらどうするのですか!」
かっと目を見開き、厳しい顔付きをした小十郎にそんな甘さはなかった。竜の右目片倉小十郎、奥州の凍土で生きる彼は隙のない男だった。
「うん・・・そうか・・・そうだよな分かってたぜ、うん・・・」
ぴゅるると二人の間に吹く風が何故か北の自領よりはるかに冷たい気がしたがここはぐっと我慢だ。政宗は強い子、泣きません帰るまでは。
「どうしてもお寒いのでしたらこちらをお召しになりますか?本来は雪道を歩く為のものですが・・・」
もしや風邪でもひいたのだろうかと心配げな顔で小十郎が差し出した藁の長靴。いつきが履いているあれである。
これが小十郎の優しさなのは分かっている。分かってはいるがしかし。
「は、ハハハ・・・thanks・・・」
こんな優しさは要らない。全然、全く、これっぽっちも。
しょんぼり沈んだ政宗はぼすぼす音のなって歩きにくい藁靴で雪もない土の道を進んだ。

そして瀬戸内二人と九州勢は寒いのが苦手なので、吉継の火燵借りたまま城から出て来なかった。
むべなるかな、なべて世は事もなし。