なまにえ


例え罠であったとしても、それはそれで受けて立とうと笑う政宗の背に、小十郎も特に言及はせず従った。
金吾自身は恐らく何も解っていないだろう。とすれば後ろで糸を引いているその人物が、どこまで仕組んだ事なのかだ。案外、城への誘いは金吾本人の単なる思い付きかもしれないかと思う。

やがて到着した城に入っても、金吾はにこにこと微笑むばかりで、突然の来客に明らかに慌ただしくなった城内を確認し、少なくとも大掛かりな戦の準備はされていないようだと政宗は上機嫌で鼻を鳴らした。

やがて、ぱたぱたと駆け回る金吾の足が止まると、彼は顔を輝かせて廊下の奥に声を掛ける。
「天海様!」
その名前は、記憶違いでなければあの物騒な手紙の主。

嬉しそうに甘える金吾の頭を撫でている長身の男には、確かに見覚えがあった。

生きていたのかと身を強張らせる小十郎とは反対に、政宗は血縁だろうかと呑気とも取れる感想を抱いた。
確かに見た目はよく似ているが、雰囲気は他人と言っても差し支えが無い程違っている。
大体似ていると言う見た目にしても、顔の半分を面で隠した状態での事だ。
「Hey!オメェが例の僧侶か。随分とcrazyな袈裟じゃねぇか、何処の宗派だ?」
政宗の煽るような物言いにも、天海はにこにこと笑むだけで答えようとする様子は見えない。
隠された唇を開こうとしない天海の代わりに、金吾が困ったように眉を寄せて二人の間へと立ち塞がった。
「あ、あのね。天海様は昔居たお寺が無くなっちゃったんだって。」
だから無理に聞き出そうとしないで。と、普段の彼らしからぬ意志の強さで天海を庇うような素振りを見せ、政宗と小十郎はそんな金吾に思わず言葉を詰まらせる。

まさか自分達は物の怪にでも化かされているのではないか。うっかりそこまで考えてしまった頃に、悲しませないでなどと言われながら相変わらず掴み所の無い態度の天海が漸く二人に話し掛けた。
「行き倒れていた私を金吾さんが救って下さったのです。金吾さんは私の恩人なんですよ。」
ねぇ、金吾さん。と首を傾げて見せれば、金吾はそんな事無いよと照れたように頬を掻く。

何の茶番を見せられているのかと、小十郎は思わず頭を抱えそうになったが、政宗は少し考えてからそうかと静かに頷いた。
そしてそんな主の判断を見た小十郎もまた、此処で揉めても埒が開かないと大人しく敵意を引っ込めたのだ。