灯火

最初は確か書物を借りに来たのであったか。
襖越しに声がかかった時には既に膝の上に三成の頭が乗っており、襖を開ける為だけに追いやるのも面倒だと座ったまま返事をしたのだ。
部屋の中を見た若虎は、我々の姿を認めた途端、何故か悲しそうに眉を寄せてその場に立ちすくんでいた。

「…何だ。」
膝な上から不機嫌な声が聞こえる。
やれそう苛々とするなと頬を撫でると三成の機嫌はたちまち浮上したが、それとは対照的に虎の眉は下がる一方だ。
「申し訳ありませぬ。…忍を、遣いに出していた事を思い出しまして。」

そう言われて、派手な出で立ちをした彼の副将を思い出した。
「ああ…、確か十日は戻らぬと言っていたか。」
確かに思い返す二人の姿は主従と言うより親子のようで、なるほど自分達の姿をそれに重ねるのも無理は無いと内心で頷く。
幸村はそんな吉継の内心を悟ったかのように、目を伏せると気を悪くしたら済まないと断って語り始めた。
「某は、幼い頃に武田の門を潜りました。父母の顔は覚えておりませぬ。しかしながら、お館様はまるで実の父のように接して下さり、佐助もまた某の母のようでありました。…ただ、二人は夫婦ではありませぬ。」
普段の快活な態度は何処へやら、迷い犬のようにしょんぼりとしながら、お二人を見ていると足りなかったものが埋まっていくような心地がするのでござるなどと言われれば、吉継も三成もそれ以上何も言えなくなり、ただただこの将の羨望を受けてその場に固まるしか無い。

「また、此処に来ても構わぬでしょうか?二人のお邪魔はしませぬ故。」
佐助が見れば一瞬で陥落しそうな庇護欲をそそる瞳は、あの凶王の心をも動かしたらしい。
先ほどの夫婦のようだと言う言葉に、気分が良くなっているのも大いに関係しているではあろう、未だ吉継の膝に懐いたまま、あっさりと首を縦に振る。

「刑部が良いと言うなら私は構わん。」
三成さえ承諾してしまえば、吉継の方に否は無い。
一瞬だけ忍が怒るだろうなとは思ったが、幸村ではなく三成を十日の間一人にする事を考えてしまい、やはりこれを一人にする忍びが悪いと結論付けると許可を表すべく黙って頷いた。

帰って来た佐助が石田家の息子のようになっている幸村を見て頭を抱えるのも、二人にはどうでも良い事なのである。