保護者会

『保護者会のお知らせ』と題された書簡が回ってきたので、嗚呼これは俺様行くべきだなとうかつにも素直に考えてしまったのが悪かったと佐助は思っている。
言い訳をさせて頂くなら、今までも時折自分、大谷、片倉の三人で自軍の大将を肴に何度か呑んでいたので、今回もまた似たようなものだろうと踏んでいたのだ。

しかし呼ばれた部屋に入った瞬間に後悔した。大谷の前に座る白髪の男は、本能寺にて確かに死んだ筈なのに。

「おや、はじめまして、ですね。」
ゆらりと身体を傾かせて向けられた視線に、佐助は思わず警戒心のスイッチを最強にして身構えた。

「おお、天海殿!お久しぶりです!」
しかしその緊張は立花がニコニコとしながら銀髪に近付いた事で解け、佐助は未だ混乱から抜けきれないままただその様子を黙って見ていた。
「知らせが届いた時にこれはもしやと思ったのですが、お会い出来て嬉しゅう御座います。」
「ええ、お久しぶりです。私も立花様にお会い出来て嬉しいですよ。」
天海の目は明らかにニヤリと悪い事を考えていそうな笑みになったが、立花は全く気にしていないらしく、固く両手を握り締めてぶんぶんと握手などしている。
立花宗茂と言えば大友軍の、いや西軍の良心である。知らないとは言え何故この銀髪にここまでなついているのだろうと、内心で冷や汗をだらだら流しながら二人の様子を伺った。
立花もその主の大友も、英雄外伝以降の登場だ。だから過去の事を知らないのだろうと、うっかりメタ発言をしてしてしまいそうになったが、妙な事を口走って此処を戦場にするわけにも行かない。
少なくとも今この場で鎌を振り回すつもりは無いらしく、その事に僅かに構えを解くと、ゆっくりと天海の動向を伺う。

するとその時、最後の砦、自分と同じく前作からの出身である片倉小十郎が現れた。
佐助は安堵と緊張が半々になった心持ちで再び構えの姿勢を取った。友好的な立花とは逆に、怒って斬りかかりはしないかと危惧した為だ。


「おお、天海じゃねぇか。」
「片倉殿、お久しぶりです。その節はうちの金吾さんがどうも。」
ぺこりと天海が頭を下げたのと同時に、初対面同士だったらしい立花と片倉が互いに挨拶をして和やかに言葉を交わした。
そしてそれを見た佐助は天海に向き直り。


「天海の旦那って言うんですね、はじめまして、俺様は甲斐の猿飛佐助って言いまーす。」


結局長いものに巻かれた。大人は時に自分の主張を曲げなければいけない。

出された茶はとても旨かった。天海と大谷の準備した茶だと言うのをさっ引いても旨かった。この二人の淹れた茶を疑いもなく飲むなど、この面子以外には出来ないであろう。
噂によれば松永も絶品の茶を淹れるらしい。文化人って何だろうと思うと同時に、なんかもうどうでも良いかなという気持ちも起こり、口布を取り去った天海の素顔がやっぱりどこか見た事あるような気がしたのも、もう全て気にしない事にした。

紹介を聞くにどうやら天海は小早川秀秋の保護者らしい。
確かにあの男は保護者の一人でも着けねばやっていけないだろうなと妙なところで納得していると、大谷が例の癖のある笑い方で、佐助に向かい自己紹介をした天海を笑った。
「しかし貴様も来やるとはな。愉快ユカイ。保護者と言うよりは獣の飼い主に近かろうて。ヒヒッ。」
夏休みの宿題〜甲虫の観察日記〜と言う文字が何故か数人の脳裏を過ったが、誰も口には出さず静かに茶を飲んでいる。
「猫の飼い主を『ミケのお母さん』と呼んだりもしますからねぇ。…でも、うちの金吾さんは少なくとも一人寝の出来るいい子ですよ?」
天海は浮かべてある笑みを欠片も崩さずにそう言うと、大谷様は保護者と言うより妻の鑑のようですねと更に続け、仕掛けた筈の吉継が逆に苦い顔をして金吾めと吐き捨てた。

俺様この人達と仲良く出来そう。

最初の葛藤は何のその、心の底から安らげる居場所を見付けたような気がして佐助はそっと安堵の息を吐く。




「ところで、この中では片倉様のみ東軍なのですね。」
「……本多が来れなかったからだ。」