※CPは屍蛮オンリーですが蛮ちゃんがキス魔


銀次が夜のHTを間借りしてバーを始めたので、その開店祝いに友人知人を集めて小さなパーティーをやるのだと誘われた。
てっきり元奪還屋の二人で経営するものだとばかり思っていたので、店に立つのは銀次だけだと聞いて驚いたのは笑師だけでは無かったらしく、何人かのメンバーがそれぞれ二人に向かっていたのは見たのだが、気付けば例の如く蛮と口論していた士度が、何故か飲み比べを始めていた。

それからの蛮が酷かった。

どうやら絡み酒の上キス魔になるらしく、まずはグラスを取り上げようと近付いた波児が第一の犠牲者となった。
その後も二度目の蛮との口付けとなる雨流が小娘のように花月に泣き付き(此方も此方で泣き上戸だったようだ)更に十兵衛も餌食になったので風雅の代表は自分も巻き込まれる前にさっさと撤退していた。

銀次は苦笑しながらも受け入れていたのだが、此方に至っては抵抗が無いのをいいことに舌まで入っていたように見えた。
その頃になると流石に女子まで犠牲にする訳にはいかないと、残ったメンバーも慌て始める。
幸いにも夏美とレナは深夜になる前に家に帰されており、残っていたヘヴンが柾に庇われながら退場していたのを見て、卑弥呼も呆れた顔でそれに乗じていた。

そうなると当然残りのメンバーに標的が移行し、半分寝落ちていた士度は勿論、それを介抱していた笑師も当然のように唇を奪われた。

「美堂はんのスケベ!節操無し!」

よよよと泣き真似をしつつ相方である亜紋に助けを求めれば、彼は「俺が代わりになるから笑やんには手を出すな!」ときっちりフラグを立てて立ちはだかり、言ってしまったが最後、両手で顔を抱え込まれてべろべろと舌まで入れられてしまっていた。

偏見だが何となく酒癖は悪そうだなと思っていた。思っていたがまさかこんな事態になるとは笑師も流石に想像しておらず、閉口しつつも己の身代わりとなった相方が凌辱されるのをやる気の無い念仏を唱えながら眺める事しか出来ない。

カラコロとドアベルが鳴ったのは、そろそろ亜紋の服が脱がされるのではと危惧するそんな頃だった。
何だかんだで面倒見の良い十兵衛辺りが帰ってきたのかと思って振り返ると、そこに立っていたのは喪服のように真っ黒なコートを着た男で、悲鳴を喉の奥で飲み込んだのは最後の意地だった。
亜紋は小さく漏れていたと後に証言していたが、誓ってヒェッとか言うてませんしと笑師はその件に関して争いの構えを見せている。
(銀次はんドクタージャッカルまで呼んだんかいな…。)

鬼ごっこで死ぬほど追い掛けられた身として、笑師は赤屍の事を何となく苦手としている。いやそもそもあの男を得意な相手が居るんだろうかと思うそんなレベルの話ではあるが。

「ンだよ遅せーぞ。」
「そりゃすまんかったのぅ。」
蛮がもにゃもにゃとしながら文句を言った所、後ろからひょっこり出てきた馬車が軽い口調で謝罪する。やはり彼等の来訪は予定通りのものであったらしく、そして蛮はふらふらと覚束ない足取りで二人のもとへと近寄った。

(えっ、まさか。)

笑師が顔を青ざめさせたのとほぼ同時。蛮は赤屍の首に腕を回したかと思うと、止める間もなく顔を引き寄せぶちゅっとやらかした。
しかもあれは銀次や亜紋にやったのと同じ舌入ってる方のやつだ。
隣の馬車もぎょっとした顔で隣の同僚を凝視するが、赤屍は抵抗もせず何故かされるがままに受け入れて微動だにしない。
やがて蛮も満足したのか、唇を離してにんまりと笑うと、べしべしと赤屍の肩を叩きながら上機嫌に笑っている。
「大分飲んだようですね。」
血の気どころか心臓まで止まりかけた笑師の心情を他所に、赤屍本人はどうやら蛮のこの悪癖を知っていたらしく、何のことはないとばかりにけろりと言ってのけた。
銀次も苦笑こそしているものの、慌てた様子は無い。
「士度と飲み比べ始めちゃって。」
「ああ、成る程。」

今しがた来たばかりのジャッカルはともかく銀次はんは知ってたんなら飲み比べ始まった時に止めて欲しかったなと思わないではなかったが、流石に口には出せなかった。
それで一旦満足したのか、キス妖怪は次に馬車の方に動こうとする。しかし赤屍はそんな蛮の腹を抱き寄せると「おや、浮気ですか?」なんて軽口まで叩いてそれ以上被害が拡大しないよう押し留めた。
先程から餌食になっていた亜紋は、地獄に仏とばかりに半泣きで拝んでいる。
「バーカ。」
もぞもぞと動いてその腕の中から抜け出すと、すっかり寝落ちてしまった士度の頬を叩き、完全に潰れている事を確認するとニヤニヤ笑いながら銀次に告げた。

「俺が勝ったんだから支払いは猿回しな。」
顔こそ真っ赤になっているが、割合しっかりとした足取りで店を出る。
ついでに赤屍のコートを引っ張って腕に絡み付いているので、何をされてるんですかと思わず標準語で尋ねそうになったのだがそれは何とか思い止まった。

「また来てねー。」
銀次はあっけらかんとそう言って、閉まる扉に向かい腕をひらひらとさせている。

「あの二人付き合っちょるんか?」
何を言い出すんやこのオッサンと驚いたが、よく考えれば先程来たばかりの馬車は辺り構わずキスして回る蛮の姿を見ていなかった。ならばそんな感想を抱いてもおかしくは……いやでもそもそも何で蛮は赤屍を連れて帰ったのか。しかも腕まで組んで。

え、まさか、ホンマに?
笑師は酔いなどすっかり醒めていたが、だからと言って正気を取り戻したかと言えばそんな事は無く、寧ろSAN値は直葬している。
そして銀次はあっさりと肯首した。

「結構前からだよ。」

あの美堂蛮と付き合っている赤屍を勇者と呼べば良いのかあの赤屍蔵人と付き合っている蛮に命を大切にしろと言えば良いのか、それともそうなのかとあっさり納得してビールを頼んだ馬車の神経の太さに慄けば良いのか。

「蛮ちゃん迎えに来ただけみたいになっちゃったね。」
この場の空気の一切など知った事かとばかりにあははと快活に笑う姿は流石無限城の覇者である。怖いものなんか何も無いのだろうか。

こんな事なら自分もさっさと酔い潰れて全てを忘れてしまいたかったと、早めに脱落した友人達を思い天を仰いだ。サングラスの下で光っているのは涙なんかでは無い。