C91発行【BlackBlood】の一部ですがこれだけでも読めます。


「貴方は私と同じ『こちら側』の人間でしょう?」

春の嵐が舞い踊る、美しい満月の夜だった。煙草を買うため一人夜道を歩いていた蛮の前に突然現れた赤屍は、言葉巧みに彼を路地裏へと誘い込むと、二人きりになったのを確認してからやおらそう言い放った。尋ねるような物言いはポーズだけで、まるで明確な事実を突き付けているかの如くその声色には確信が宿っている。
唐突な発言に一体何を巫山戯たことをと一蹴しようとしたが、その内容が示す続きを聞いて蛮は思わず動きを止めた。
「貴方も、私と同じ同性愛者の筈です。そうでしょう?美堂くん。」
戸惑いはほんのコンマ数秒だったが、流石に相手が悪かった。
「おいおい、突然何のカミングアウトだ?」
冷や汗は背中に隠して、可能な限り高圧的に嘲笑して見せる。だが、赤屍は涼し気な笑みを崩すこと無く何時ものようにクスリと小さな音を立てただけで、まるで毛を逆立てた猫を相手するかのように静かに言い聞かせた。
「解りますよ、同類のことなら。貴方だってそうでしょう?」
あくまでも知っていると言う態度を崩さない赤屍に、しらを切り通すべきかと逡巡したが、今更それが通じる相手だとも考え辛い。だが素直に認めるのは悔しくて、あくまでもお前の意見を聞いてやるだけだとの態度で言葉の続きを促した。
「仮にそうだとしたらどうだってんだ?」
まさかお付き合いでも申し込んでくる気かよと小馬鹿にしたように笑ってやると、黒い帽子は躊躇うことなく縦に揺れた。
「ええ、そうですよ。」
「は?」

「貴方が好きです。」
そう告げた赤屍の雰囲気は普段よりも幾らか柔らかく、蛮は今度こそ完全に固まってその場に立ち尽くした。
「私は貴方とお付き合いがしたいんですよ、美堂くん。」
表情の全ては見せないまま、それでも帽子からちらりと見えた瞳は微笑んでいる。
「はあぁ!?」
完全に毒気を抜かれ、思わず咥えていた煙草を取り落とす程に動揺したが、それだけ赤屍の言葉は蛮に驚きを、いや彼を知る者が聴いたら同じように衝撃をもたらしただろう。何せ相手はドクタージャッカル。最凶と名高いシリアルキラーだ。その男がまるで普通の人間のように、他人に対して恋愛感情を抱き交際を申し込むなどと。

「殺しだけしてりゃ満足なんじゃなかったのか?」
「まさか。趣味が少々変わっている事は否定しませんが、私は普通の人間ですよ」
混乱を隠せず問い掛ける蛮の反応は予想していたのだろう、困ったように眉を寄せて苦笑をすると幼い子供に言い聞かせるかのように朗々と語り始めた。
「食事だってしますし、性欲だってあります。ただ一人、私の底を教えてくれた貴方に恋をしたって、何ら不思議ではない。」
そう言いながらゆっくりと持ち上げた手は、蛮の白い首筋を目指して伸びていく。手袋越しとはいえ体温を感じさせないそれを蛮は避けるでもなくただされるがままに受け入れて、やがて妙にごわついた布の感触が動脈へと触れた。赤屍さえその気になれば何時でも命を刈り取れそうな立ち位置だったが、二人は何ら緊張感を孕ませず互いの瞳をを探るかのように見つめ合っていた。
「信じては頂けないようですね。」
「当たり前だろ。」
素気無く切り捨てられたにも関わらず、赤屍はむしろ疑問すら浮かべている様子であった。
「貴方だって分かっていたでしょう?」
それは実際、蛮も薄々感じていた。だが、他人の性癖など興味が無いと言うのと、この男に常識的な感情があると思えなかったのとで敢えて深く考えはしなかったのだ。
「ハッ!それで?何だよヤリてーの?」
鼻を鳴らし、出来る限り粗野に振舞い嘲って見せたが、そんな程度で引き下がる相手でないのは知っている。目的が何なのか、取り敢えず今はそれが知られれば構わない。
「無粋ですねぇ。まあ、今はそれだけでも構いません。」
「言ってろ。」

実際の所、蛮は確かに同性愛者であった。
普段は女の胸に異様な執着を見せ、ヘテロを気取ってはいるが、その柔らかな膨らみが好きだと言うだけで女の身体に対してそれ以上の欲望、つまり性行為をしたいと思った事は一度も無かったのだ。
かと言って勿論、性欲が無い訳ではない。互いに裸になって抱き合いたいと感じるのは自分と同じ筋肉の付いた男の身体であった。それも、自分が抱かれたいという方向で。

寂しかったなどとは口が裂けても言う気は無いが、幾ら気心の知れた相棒とは言え狭い車中での二人暮らしでは適度に欲望を解消する事も出来ず、欲求不満であるのは確かであった。
需要と供給が成り立っているのならばこの誘いに応じてみるのも良いのではないかと思ったのは、完全に悪魔の囁きであった。
「どうでしょう?」
「こんだけ自信満々に誘っといて、下手だったら喉笛喰い千切ってやるからな。」
「おや怖い、では全身全霊で努めさせて頂きますね。」
クスクスと笑う表情の奥には僅かに安堵と歓喜が見え、先ほどから見せる初めてだらけの彼の一面に、調子が狂う。

そうして導かれるままに連れて行かれたのは、安っぽいラブホテルだった。外観は寂れたシティホテルのようでもあったが、一歩フロントに入るとあからさまなタッチパネル式の客室一覧が張り出されており、その中から適当な部屋を選んでそそくさと中に入る。
「では、お先に失礼しますね。…ああ、一緒でも構いませんよ?」
似合わぬ軽口にしっしと手を振ることで返事をするとシャワールームに追いはらう。やがて水が流れる音が聞こえたのを確認すると、緊張で詰まっていた息を大きく吐き出した。
少しだけ冷静になった頭で見回した部屋はラブホテルとしては至って在り来たりな内装で、特に何か仕掛けがあるとも思えない。
何故ノコノコと着いて来てしまったのだろうと後悔したが、今更そんな事を考えたところで何もかも手遅れでしか無かった。
バスローブを纏った赤屍と入れ替わりにシャワールームへと入った頃には腹を括っており、簡単に汗を流すと水滴の落ちる髪を乱暴に拭きながら、呑気に枕元の備品を漁っている男の隣に腰を下ろした。
「言っとくが男とヤんのなんて初めてだから勝手なんか知らねーぞ。…お前の好きにしろよ。」

逆毛に立てた髪の毛は鎧だ。彼はあまりにも美し過ぎた。
瞳の輝き一つ取った所で薄いサングラスだけでは到底隠しきれず、オリエンタルな造形のかんばせは彫刻家の最高傑作であると言われれば一瞬信じてしまいそうになるほど整っている。
白い肌は滑らかかと思えばささくれ立ち、しなやかに受け止めたかと思えば凝り固まって抵抗を見せ中々一筋縄でいくような相手では無かった。赤屍自身それを承知で手を出しているにも関わらず、焦らされているような感覚にらしくもない焦燥を抱き、頬をなぞっていた指がふっくらとした唇に触れる。
「好きに…とは、貴方の唇も?」
「小娘みてーにギャーギャー言う訳無いだろ。」
焦れったい動きに痺れを切らしたのか、蛮の方からバスローブの胸ぐらを掴んで挑みかかると、薄い唇が触れ合った。煙草の香りが鼻を掠めた直後にもう一度柔らかなものが、今度は湿度を持ってやってきたので、赤屍は誘うように舌を差し出し受け入れる。触れた舌先は苦味が先走ったが、奥まで差し込み味わうように嬲ると甘く思えてくるから不思議なものであった。体温の低い自分と変わらないくらいの冷たい身体は、触れ合っているのにまるで一つの同じ個体のように感じて、激しくなる行為とは裏腹に、妙に落ち着いた。
「美堂クン。やはり私は、貴方に恋をしています。」
「そうかよ。」

総ての赦しは得られた。

そっとシーツに押し倒すと、首筋から胸、そして腹筋を順々になぞって求め続けた男のかたちを確認する。
淡い色をした突起を悪戯交じりにつんとつついてやると、少々大げさなほどにびくついた。
「…擽ってぇんだよ。触るならちゃんとしろよ。」
強がりかとも考えたがどうやら今のは本心のようで、今度は先ほどより力を込めてしっかりと触れてやると、緊張の中にも何処か安心したようや空気を纏ってほうと息を吐いた。

備え付けのローションをたっぷりと手に取り、温めようと暫く遊ばせる、だが体温の低い赤屍の手の平ではあまり効果が無かったようで、べとりと下腹部に塗り付けた時その冷たさに僅かに腰が跳ねた。
「キツかったら言って下さい。」
先ずは一本、中指が薬液の滑りを借りて然程の抵抗も無くぬるりと侵入する。
ふうふうと息を吐き、意識して力を抜こうとする蛮の協力的な態度に心が弾み、急かしてはいけないという自制心と早く喰らい付いてしまいたいという本能がせめぎ合う。
しかしゆるゆると高められる蛮の方はたまったものではなかった。自分一人乱されるように見える状況はプライドの高い彼には我慢ならず、羞恥に顔を真っ赤に染めながらも口調だけはいつも通り粗野に煽る。
「っ、ヤるんなら、早く、しやがれ!」
更に自ら脚を開き誘って来るとなれば、赤屍が必死に堪えていた自制心などあっさりと粉々になってしまう。無言でその白い腿を掴むと、最低限だけ解したその場所に凶器を突き刺した。
圧倒的な質量はその大きさに比例するかのような勢いで快楽の門を叩き、不必要な理性など一瞬で溶けてしまいそうになる。内壁が誘い込むように動くのが自分でも分かり、淫乱な魔女の血に羞恥と、この悦楽を享受する事の出来る歓喜が同時に湧き上がった。
柔らかな壁は直腸全体で精を搾り取るように蠢めくが、剛直はそれを逆撫でするかのように路を割り開くと張り出した傘の所でふっくらと硬くなっているしこりを何度も引っ掻いた。
「あっ!」
予想通りそのしこりは蛮の弱点であったらしく、小さく嬌声を漏らし内腿を震わせた姿を確認すると再度その場所を擦り続けた。

そんな赤屍の方も、見た目ほど余裕がある訳では無かった。先ほどから心臓は音が相手まで聞こえそうな程に激しく脈打ち、普段からひやりとした手はまるで氷のように冷たく強張っている。今までに性行為の経験が無かった訳では無いが、最後に他人と肌を合わせたのはもう十年近く昔の話である。
その相手に対してだって好意は持っていたのだろうが、今赤屍が蛮に対して抱いている焦がれて焼き切れんばかりの熱とは比べ物にならない。これが殺し合いならば躊躇無く踏みこめると言うのに、愛を交わすと言う事のなんと繊細なものか。
腰使いは次第に切羽詰まったものになり、此方は形振り構わずに組み敷いた身体を求めているのにと矮小な心でもって手のひらに掴まれるシーツにまで嫉妬した。
「っ、美堂、くん。」
シーツを掴む手を剥がすと己の手を重ねて握り込み、もう片方の手で蛮のモノを扱く。
先走りを指に絡ませてぐちゅぐちゅと粘着質な音を立てると、その音に煽られたのかそれとも直接的な刺激にか、硬度を増した雄が震え鈴口が湧き上がる熱に急かされるようにして開閉した。
「あ、あっ!」
高い声を上げるのと同時に熱い飛沫が互いの腹の間に飛び散り、それに呼応したかのような強い締め付けに導かれるままに赤屍もまた絶頂を迎えた。


荒い息のまま抱き締め、目蓋に唇を落としたのを皮切りに、名前の付けられない二人の関係は始まった。