キムチ鍋に水餃子入れると旨い


口元に笑みを消さないままの元親が、お、と声を上げた瞬間、家康は蹴飛ばされて座ったまま達磨のように転がった。
「邪魔だ。」
そんな事をするのは当然一人しか…いや他に居ないことも無いのだが取り敢えず一番頻度の高い三成で、今更その程度の攻撃で心が折れる筈も無い家康は、苦笑しながら大人しく少しばかり横へとずれる。
「危ないだろ三成。」
「ごちゃごちゃ言わずに鍋敷きを出せ。」
相変わらず他人の注意などどこ吹く風と言わんばかりの態度だが、今回ばかりは家康が邪魔だったのも事実であるし居丈高に発した要望もすんなり周りに受け入れられた。
だって彼は両手で鍋を持っている。

「ん、あれ?コンロじゃなくて鍋敷き?」
応えたのは元親で、首を傾げながらも大人しく毛糸の鍋敷きを机の上に置いた。他の鍋は全てカセットコンロの上で温められている最中で、一つだけほかほかと湯気の出ているそれに疑問を抱いたのは当然でもある。
「米だ。暫く蓋を開けずに蒸らしておけ。」

その回答に成る程と頷いた頭は四つ。黒、銀、茶ともひとつ黒。
元就は四隅を黒で埋めるハンデを与えてもまだオセロに勝てない官兵衛に、これは逆に凄まじい才能なのではないかと首を傾げていたのだが、それにもそろそろ飽きてきた。

「こっちも出来た……って先から食うんじゃねぇよテメェ等!!」
政宗が運んできただし巻き玉子は、机の上に置かれる前に半分が消えて無くなった。犯人は元就、家康、元親、それに三成である。
「これを食べねば年末と言う気がしない。」
「全く同感だ。」
炬燵に入ったまま動こうとしない元就とは反対に、もっしゃもっしゃと口を動かしながらも次の準備に移る三成の中では、伊達政宗とはつまりだし巻き玉子の人との認識がなされている。政宗の方も最初は怒ろうとしたのだが、あのだし巻きは本当に旨いなどと手放しの称賛を真っ向から受けてしまっては怒気も萎えてしまうというものである。
その上畳み掛けるように、元就までその件に関してはツンドラのツの字も見えないべた褒めっぷりを発揮するのも悪かった。初めて食べさせたのはいつぞやかの忘年会であったが、あの、あの毛利元就に、一年を締め括る祝いの席に相応しいとまで言われてしまって。まさかの二人の胃袋を掴んでしまった上に、吉継にまで感謝されてはもう政宗に抵抗する術は無かった。

てきぱきと動く三成は意外にもそこそこ料理が出来た。
鍋など材料を適当な大きさに切ってぶちこめば良いだけなのだから、料理の苦手な人間でも充分作れるメニューではあるが、それ以外にも切る焼く煮る程度の作業は人並みに可能であり、今のところ電子レンジでゆで玉子を爆発させるような事件も起こっていない。
先ほど神のだし巻きを作った政宗は当然のように、それだけでなく他のメニューも和洋中なんでもござれといける口で、このメンバーで集まって食事をする時にはまず真っ先に台所へと立っていた。
普段ならばこれに虎の母御から婆娑羅大のオカンに昇格した佐助が負けじと腕を振るうのだが、残念ながら本日はゼミが長引くと予め連絡が来ており、だからこその準備の楽な鍋料理でもある。


他の面々も入れ替わり立ち替わり手伝う時もあるのだが、それでも官兵衛だけは決して台所に立たせては貰えない。ガス爆発は困る。
しかしガスは爆発しなかったが、その代わりとばかりに玄関から大きな音がして、炬燵組は一斉に振り返った。玄関の扉の耐久度はたった今少し下がった気がする。バキッて言ったあれ。
恐らくどこか壊れた、いやでもまだ使える頑丈な扉を潜り抜けて、よく似たような赤が二つ揃って入ってきた。

「待たせたな。」
「ただいまでござるー!」
幸村の両手と吉継の左手には、それぞれ荷物がぶら下がっている。
甘味の選択はこの二人にやらせておけば間違いは無いと送り出したのはつい一時間ほど前の話だった。メインとおぼしき飾りのついたケーキボックスを吉継に任せたのは揺らさないようにする為だろう。幸村の持っている小箱には確かに生菓子も入ってはいるが、殆どが饅頭やら焼き菓子やらの潰れない甘味の詰め合わせで、それなら多少…多少暴れたくらいで崩れたりはしない。
一足遅れて漸く佐助も到着し、揃ったメンバーと食事に、外出組は冷たくなった手を温めるべく炬燵へと雪崩れ込んだ。


点きっぱなしのテレビの中では、アナウンサーが先日発覚した大規模な詐欺事件について淡々と解説を始めている。
犯人は架空の会社を立ち上げて、善良な市民がこつこつと蓄えた貯金を巻き上げていたらしい。
悪質な手法は一人辺りの被害額が大きく、元親は耐えきれなくなって不快そうに眉を寄せてチャンネルを変えた。

目を背けたところで傷付いた人間の居る事実が消えるわけでは無かったが、今日くらいは、この浮わついた雰囲気のままで一日を過ごしたい。

代わりに写し出されたのはありきたりな時代劇だった。
悪代官が高利貸と結託し、近隣の町民を騙し謀って大量の借金を負わせ、村でも評判の美人である女を我が物にしようと画策している。
騙された男は涙ながらに、娘を売ろうとしていた。


まるで先程のニュースの続きを見ているようで気分が悪い。今日は何なんだと再度リモコンを手にしたところで、役者以外の声が響いた。



「徳川ちゃんと治世せぬか。」


その一言を皮切りに、次々と非難が巻き起こる。

「ぬしがしっかりせぬからこのような不幸が起こるのよ。」
「あの悪代官が勘定奉行?感情奉行の間違いじゃないのかよあのヒス野郎!アンタの孫だか曾孫だかの目は節穴か!?」
「町娘が可哀想でござる!!!」
「イイィィィエエェェェヤァァァァスゥゥゥゥ!!!!!!」

順に、元就、吉継、佐助、幸村、最後は言わずもがな三成である。


「待ってくれワシこれ全く関係無いからな!?


ああそう言えば最初のナレーションで徳川幕府の時代なんちゃらって言ってたなと、官兵衛はそこでやっと矛先の向いた原因に気がつく。が、気が付いたからと言ってどうなるものではない。

リモコンを握ったままの元親は語尾に星でも付きそうな軽さでごめんと一言謝ったが、床に転がりながらゲラゲラと笑う政宗につられ、やがて腹を抱えてつんのめった。


気が付けば悪は成敗されており鍋は煮えて湯気を立てている。今年も残りは数時間だ。