太陽は凍らない


日ノ本と言う国をその手中に納めた男は、満足そうに微笑んだ。


吉継を捕らえた家康がまず行ったことは、彼の面と包帯の全てを取り払うことであった。病に爛れた皮膚がさらけ出されるのに、当然吉継は抵抗したが、抗おうにも武器である数珠も輿も奪われて、残ったのは病み衰えた肉体のみなのだからどうしようもない。
その肌を露にしたまま城の外へと逃亡することなど出来ず、また自害しようにも刃物の類いなどが目の届く範囲にあるわけも無い。舌を噛みきるだけの力がその顎に残されていないことは、家康が自ら吉継の口内に舌を差し込んで確かめた。

骨の感触がよく伝わるほど痩せた膝に頭を預け、子供のような無邪気な笑顔で甘える家康を、吉継は撫でるでもなく引っ掻くでもなく無心に眺めていた。

やがて、乱暴な足音が廊下に響いて部屋の襖が開かれる。銀糸の下では凶悪な光が鈍く輝いており、家康はそれを認めると、三成は相変わらず嫉妬深いなぁと半分だけの正解を述べてからりと笑った。


吉継の喉元に槍を突き付けて見せた時の彼の狼狽ぶりは、当事者から見ていても可哀想な程だった。
家康が要求したのはあくまでも『仲直り』であり、隷属ではない。敗将として腹を切ることなど当然赦されず、三成は死者の仇討ちと生者の喪失を秤にかけて結局死にきれなかった。
三成も、そしてそれ以上に吉継も、今現在の生を受け入れきれず、かと言って否定もしきれずに、苦虫を噛み潰したような顔で結局甘受している。

漸く吉継の膝の上が軽くなると、三成は滑るような速さでその傍らに向かい肩を抱いた。そして手に持っていた書き付けを無言で家康に押し付けると、今度こそ両手で痩躯を抱き締め胸元に顔を埋める。
「あ、良いな三成。ワシもそれやりたいから刑部読んでくれ。」
「戯れるな。」

一刀両断に切り捨てられたが、諦めきれないようで手紙はいつまで経っても開かれる様子が無い。

「…読んではやるが抱き付くのは止めやれ。熱の塊に二人も来られては、暑くて敵わぬ。」
少しの後、吉継が溜め池混じりにそう妥協すると、家康の方も納得したようで大人しくその場に座っていた。

「先ずは北。蛇が真田の所へ出向いている隙に狐が手を出したらしい。痛み分けで収まったようだが、まぁよくも懲りぬもの。上田は無傷、武田の容態は完全に持ち直したようよ。」
「そうか!信玄公は回復したのか!いやぁ、良かった良かった。」
上田に指一本触れなかったのは賢い選択であったと吉継は考えた。三成を破った家康が天下を取るにあたり、最後の障害は共同戦線を張っていた政宗である。ともすれば再びの天下分け目になりかねない所を、幸村を噛ませることにより注意を完全にそちらに差し向けることが出来た。
本人は「兄弟弟子を悪いように出来るわけが無い。」などと笑っていたが、腹の底では何を考えているのか分からない。

「次に南。…暗が相変わらず馬鹿なことをしている様よ。島津まで巻き込んで、南蛮の妙な宗教に傾倒しておる。首謀者は大友と。中国は毛利に任せておけば間違いは無かろう、四国も、魚が上手くやっておるらしい。」
元就は中国の安定を約束された代わりに、他のいかなる場所に向かう際にも家康の許可を取ることが必須となった。元親は誤解の代償とばかりに率先して元西軍の残党を纏める役を担い、誰よりも忙しそうに駆け回っている。


「うん、何処も平和なのは良い事だな。…そうだ、今度三人で花見にでも行かないか。」
三成と吉継の表情などお構い無しに、家康は嬉しそうにはしゃぐ。


望んだものを総てすっかり手に入れた男の笑顔は、どこまでも晴れやかであった。