第四夜


半分以上の蝋燭が消えた。
単純に考えれば当初の半分の光量になっただけなのだが、何故かそれ以上に暗く重たい雰囲気に包まれ、物語は進む。


五十八物語、長曽我部元親

―――その磯はよく釣れるって話を聞いたんだ。
穴場っても俺みてぇに噂を聞いた奴はやっぱり居たんだろうな、着いた時には何人かの先客が居て、ついでに俺の後からも一人やって来た。
俺も早速空いてる場所に陣取って始めたんだがな、これが面白いくらい当たりやがる。磯で入れ食いなんてそうあるもんじゃねーから楽しくなってたんだが、十匹ばかし釣ったところで妙なことに気付いたんだ。

やたらと鮫が居るんだよ。

鮫つってもジョーズみたいなの想像すんじゃねぇぞ、ペットボトルくれぇの小さい奴だ。そうじゃなきゃ釣れねーよ。
ああ、まぁその小さい鮫が十匹の中で二、三匹は混ざってた。
二、三匹で何で驚くんだって思うかもしれねーが、鮫は言ってみりゃ単独行動する肉食獣だ。普通ならそうバカスカ釣れる魚じゃねぇ。
そしたら次も鮫が釣れてよ、思わず『またか。』って呟いたら、隣のオッサンに『君もか』話しかけられたんだよ。
オッサンも鮫ばっか釣れたみたいで、そんな話してると周りの連中も何だって集まり始めた。んで全員に聞いたんだが、鮫を釣ってない奴はその場に一人も居なかったんだ。

こりゃ一体どうなってんだって、見晴らしの良い岩に登って海を覗いたんだよ。そしたらその時に首から掛けてたタオルが落ちてよぅ。

鮫の群れがすげぇ勢いでそのタオルに食らい付いたんだ。


後から解ったんだが、ほんの一キロばかり離れた崖は、飛び降りの名所だったらしい。ビビってその日釣った魚は全部捨てたんだが、正解だったぜ。


―――五十八本目の蝋燭も消える。


七十三物語、毛利元就

―――写真というものが日本に伝わった当初、あれに写されると魂を奪われるという話が流布したらしい。
当然そのようなことがある筈は無いが、反面、心霊写真というものが存在するのもまた事実。大抵は光の加減や撮影時のブレなどが原因だが、中にはどうあっても説明のつかないものもある。

心霊写真を集めるのが趣味だという好き者の男が居た。男の手元には下らない悪戯の結果から背筋がぞっとするような際どいものまで、何千何万もの写真が集められていた。
ある日男は、知り合いから一枚の写真を譲り受ける。それは一見なんの変鉄もない見合い写真なのだが、知り合いによると写っている女が時折瞬きをするらしい。
よくよく話を聞くと、婚約者に捨てられ自殺した女の最後の写真だと言う。

それは面白いと男は写真を引き取った。偽物だったとしても気にしないつもりで引き取ったのだが、暫く見ていると、確かに時折瞳が動いているような気がする。試しに壁に立て掛けて背を向けると、何となく視線も感じた。
男がその写真を気に入って、毎日のように眺めていると、その内に、女は瞬きだけでなく、時折笑うようになったのだ。優しそうな女の笑顔に、男は思わず呟いた。

『お前と一緒になれたらな。』
呟いた後で、怪しの絵に惚れ絵の中に取り込まれるという怪談を思いだしはっとしたが、いっそ写真の中に連れていってくれても構わないと直ぐに開き直った。それほど夢中になっていたのだ。

すると写真の女は何故か悲しそうな顔をして、それ以降瞬きをすることも、笑むことも無かった。
その上翌朝男が目覚めると、写真は跡形も無くなっているではないか。男は悲しんだが、女が成仏してくれたのだと納得して、それ以上写真を探すことはしなかった。


しかし数日後だ。写真は意外な所から見つかった。
写真を男に譲った知り合い、その男が死んで、何故かその懐から出てきたのだ。
なんのことはない、女を捨てた婚約者というのが、その知り合いだっただけだ。
男は再び写真を引き取ったが、写真はそれ以降二度と動くことは無かった。


―――七十三本目の蝋燭を消した。