俺の後ろに立つんじゃない


前世からの因果なのか何なのか、家康は高校生になった今でも親の転勤による転校を繰り返していた。
幸いにもその人徳のお陰でどんな学校へ通う事になろうが誰とでもすぐに打ち解け、次の学校へ向かう頃には大勢の友人が泣きながら見送ってくれる程度には、まぁ上手くやっている。
前世での知り合いとこそ未だ誰とも出会えてはいないが、まだまだ人生は長いのだ。そう悲観的になることはない。

その日はよく晴れた平日で、新たに通う事になった学校への入学手続きを済ませた後、先生の許可を得て簡単に校内を見て回ろうと中庭とおぼしき場所をあてもなく歩いていた。
代わり映えの無い景色の途中に、ひょろりと長い人影が歩いていて、息が止まった。



「三成!」

彼は自分を殺したいほど嫌っているから。そんな事は知っている。殴られるだろう、罵られるだろう。今度こそ息の根を止められるかもしれない。だけどそれでも良かった。名を呼ばずには、駆け出さずいられなかった。

呼ばれた三成は存外素直に立ち止まると、駆け寄る姿を目に留めたにも関わらず、叫ぶでもなく怒るでもなく、ただ少し不思議そうに眉を寄せる。


「…誰だ?」
「三成……覚えて、ないのか?」
まさかの返答に息を飲み、全身に力が入ってそのままスカートの端をぎゅっと握り締めた。そこで、ああ、そうだったと大切な事を思い出した。

家康は、今世で女になっていたのだ。




石田三成はごく普通の高校生であった。サラリーマン夫婦の一粒種として産まれ、ひねくれもので優しい親友と、高慢ちきで賢い悪友と、それから少ないながらも良い友人に囲まれて、何不自由無い生活を送っていた。
そこに突如現れた、見ず知らずの少女。
自分の名を懐かしそうに叫ぶ姿を見て彼が最初に考えたのは、幼稚園か保育園辺りの同級生という線だった。駆け寄ってきた相手の来ている服はこの学校の制服とは違うブレザーで、恐らく時期外れの転校生なのであろうことは容易に想像がつく。
しかし相手は遠くからでも一目で自分を見抜いたと言うのに、こちらとしてはさっぱり心当たりが無い。多少申し訳なく思いながら、名でも判れば少しは思い出せるかと口を開きかけた時、訪ねるよりも先にその少女が自ら名を名乗った。
「ワシだ!徳川家康だ!」


その言葉に、強烈な既視感を覚えた。


『四百年ぶりだな石田ァ!この俺を虚仮にした事、今度こそ後悔させてやる!!』

(あれは中学三年の時だったか、眼帯をした後輩に突然捕まったんだ。)
そうして三成は、その時抱いた感想と全く同じ思いを抱いた。


(女子の一人称が俺とかワシとか、正直どうかと思う。)


繰り返すが、三成はごく普通の学生であった。

大体四百年って何だ、ここで会ったが百年目なら聞いた事はあるが四百って微妙な数字じゃないか。今が二〇十三年だからいつだ一六十三年か…江戸幕府開いて安定しつつある頃だな十年前は九十年代じゃない。
更に眼帯の後輩は口調だけでなく内容もちょっとアレだった。前世云々、刀がどうのとか、領地を荒らしやがってとか、まるで戦国武将の言い種だなと感じたのをよく覚えている。
過去の記憶に想いを馳せ、黙ったままの三成に、家康は尚すがるように言い募った。

「覚えてないのか!?関ヶ原の事を!」
「すいません前世とか興味無いんで。」
思わず敬語で即答してしまってから気が付く。関ヶ原って単に地名もしくは名字じゃないか、これでは私の方が中二の電波だ。
慌てて弁解しようとするも、目を輝かせた家康が三成の腕をがっしりと掴んで叫ぶ方が早かった。

「やっぱり覚えてるんじゃないか!!」


(駄目だ地雷踏んだ。)
紅潮した家康の頬とは反対に、三成の顔は一気に青ざめる。振り払って逃げようにも、女の癖に異様に強い力で指が食い込み、離してくれそうにもない。
「ワシと話をしよう!」
「ええい離せ!貴様と話す事など何も無い!」
「ああ、やっと何時もの三成だ!懐かしいなこの感じ!」
話そうと言う割に人の話を聞かない女は、あの時は仕方なかったんだ謝る訳にはいかないがまた絆を結びたいと言う風なことを一方的に喋り続け、解放してくれる様子は全く見られない。

駄目だこのままでは仲間認定されてしまう。


危機を感じた三成は女の背後、何も無い宙を指差しこう叫んだ。
「あっ!ゴリラ!」
「え、えっ…えぇ!?」


UFOでも芸能人でも何でも良かったのだが、口をついて出たのは何故かそれだった。しかし女が異常に困惑したので結果オーライということにしておこう。
そうして力の緩んだ隙に、陸上部裸足と言われる脚力を以て全力で逃走した。