白日の下に晒すなら


三成は怒りっぽい男ではあるが、流石に城内で刀を振り回すのは初めてだった。
追い掛けられているのは家康で、彼は命からがら目的の場所まで辿り着くと、碁の勝負中であった吉継に構わずその膝へとかじりつく。

「貴っ様ぁぁぁぁ!!!」

すると余計にその怒りを煽られたらしい三成が、それでも吉継に刃を向ける訳にもいかず代わりに素手で金色の羽織を引っ付かんだ。
二人のやや子に飛び掛かられた吉継だけではなく、碁の相手をしていた官兵衛も勝負の手を止めて、なんだなんだと団子になった二人を、主に三成をようよう引き離す。毛を逆立てた獣さながらであった三成も、吉継にどうしたと問われれば流石に黙る訳にもいかないようで、悔しさに歯噛みをしながらその凶行に至った経緯を実に簡潔に説明した。

「屑共に混じって、家康まで刑部を侮辱した!」

そうすると次に視線が向かうのは家康だ。三成と違い他人に合わせる術を知っている家康なら、適当に相槌をうった後で煙に巻くくらいの処世はこなせよう。その程度の事で一々抜刀していてはキリが無いと吉継が息を吐くと、家康が言い訳がましく口を開いた。
「ワシも刑部は醜いと思うけどなぁって言っただけだ。」
だって鼻なんか削げてるし、と言いながらその場所に触れようとして、本人の手によりぺちりと軽くあしらわれる。

官兵衛は家康がそんな事を言うのが意外で、前髪の下で興味深そうに目を開く。しかし醜いと言う割には食って掛かる三成から身を守ろうとその人に縋りついており、彼の意図がさっぱり読めない。

「刑部を侮辱しておきながら縋りつくなど!!」
「別に侮辱なんかしてないだろ。」
心底不思議そうな、困ったような顔は泣きそうにも見えて官兵衛の方が困ってしまう。

「なぁ、醜いと思ったら好きになってはいけないのか。」

そして投げられたその問いに、三人の思考は一旦停止した。
「ワシは刑部の容姿を醜いと思うが、それと刑部を好きな気持ちは全く別物だ。……それは、普通とは違うのか?」
徐々に震える声を隠そうとしてゆっくりとした話し方になっているのは誰が聞いても明らかで、それに答えたのは問われた三成ではなかった。

「普通は、そうは思わぬな。」
皮肉ではない純粋な苦笑いで笑った包帯の下は、きっと引き攣れて不器用に歪んでいるだけなのだろう。
「ぬしは金吾を可愛がっておるな。」

「ん?ああ、そうだな。あいつは可愛いじゃないか。」
「愚かであろ?」
それは問いではなく、ただの確認。
「馬鹿な子ほど可愛いって言うぞ。それに、それを言うなら刑部だってどうなんだ。三成だって馬鹿じゃないか。」
「貴様に言われたくはない。」
視線を向けた家康から逆に顔を背けた三成は、それ以上もう詰ろうとはしない。
「でも刑部よりは劣るだろう。誰かは誰かより醜くて、誰かは誰かより馬鹿なんだ。なのになぜ劣っている者を好きになってはいけない。」



「理想論、よな。」
しかしそこが愛いとばかりに、むずがる子供を見る目で見つめて頭を撫でる。
三成は吉継のことを美しいと思ってるのでまだ何か言いたそうではあったが、上手く言葉が出ないようでただ不機嫌を表して口をつぐんだ。

「ワシお前たちのそういう所は嫌いだ。」
家康も負けじと唇を尖らせ、軟膏の匂いが滲み出る腹へと顔を埋める。


お前たちの、豊臣の、そういう所が嫌いなんだ。
三人を愛しているけれど、どうにもそこだけが。