ままごとかほご


あれは彼女の子供のようなものだから、と妙に達観した印象を抱いたのはある意味正しい見解ではあったのだが、同時に普通ならば見逃すはずもない重大な差異から目を逸らす事であるとも気付いたのは、ずっと後になってからだった。

妊娠した、告げる幼馴染みは無表情で、自分には全く心当たりが無いと言う事実に絶望を覚えて暫く言葉を失った。
固い声で話があると呼び出された時点で何と無く予感はしたのだが、わざわざ平日昼間の喫茶店に呼び出された理由が漸く分かった、絶対に聞かれたく無かったからだ。

「…えーと……誰の子だ?」
迷いに迷ってそう訪ねると、隣の席の見知らぬ二人連れがそれでは駄目なんだと言う空気を全身で発した。確かに一般的には殴り飛ばされてもおかしくない最低男の発言だろう。ただ、それはほんの僅かでも思い当たる節がある場合の話だ。
「言わねば分からぬか?」
「直接聞かないと信じられない、って言う方が正しいかな。アイツ自身が子供みたいなものじゃないか。」
苦笑しながら緩く首を振ると、野次馬の緊張感が少し解けた。どうやらコイツは父親ではないらしいぞと伺う、困惑した心情が手に取るように分かるのが何だか悲しい。
三成よ、と静かに告げる吉継と思い切り肩を落とした自分の姿に、斜め向かいの男が気の毒そうな顔をしたのがちらりと見えて、それが益々気力を奪う。


きっと、鳶に油揚げをかっ拐われたように見えているのだろう。確かに好きな女が自分ではない男の子供を身籠った。だが、ある意味ではそれは間違いだ。

「…あいつも男だったんだなぁ。」
しみじみと呟いて遠くに視線を飛ばす。ついでに意識も飛べば良かったのに。
いや、確かに三成はどこからどう見たって男なんだが、何故か自分も吉継も、三成には男として当然有るべき性欲なんて無いだろうとすっかり思い込んでいた。例えるならば、自分の子供が結婚するまで純潔だと信じている過保護な親のように。

「それよ。われも口から肋が出掛かった。」
良い年して添い寝がまずかったのかと眉を寄せながら、半分氷水になったアイスティーを啜る。
もうここまで来たら終いまで話を進めよう、そう決めてしまえば聞きたい事は山程沸いて出てきたので、平日昼間など知るかと開き直って最初に浮かんだ疑問を躊躇う事無くぶつけてみた。
「寝たのは一度だけか?」
「否、ここ半年程ずるずる続いておった故、誤魔化せまい。」
最初の一回、吉継は事故のようなものだと思っていたが向こうはどうやらそうでは無かったらしく、二回三回と繰り返される内にもう考える事も億劫になって色々諦めたらしい。

「危機感ゼロじゃないか。」
「相手はあの三成よ。幸村の方がまだ異性を感じるわ。」
「何で真田…ああ、妹と付き合っているんだったな。まぁ、三成はワシにとっても子供みたいなもんだけど。」
それは三成がどうと言うよりも、吉継がそのように接しているからと言う理由が大きいのだけれど、それでも高校生当時、異性相手に膝枕をねだっていた三成の方だって相当な猛者だ。
幼馴染みのワシだって小学生、いやそれ以下の時にあるかないかというような要求を下心無く平気で口にし、吉継の方も恥じらうことなく受け入れていた。
周りは付き合っているんだろうと囃し立てたが、あれはどう見たって甘える子供とその母でしかない。


そこまで考えた所で、別の方向へと緊張が高まっている隣人に気付き、弁護をしなければと少し焦った。しかしいきなり三成もワシも吉継も同い年ですなどと話し掛けられても向こうも困るだろう。
ただそれは年齢だけの話であるのも確かだ、自分も吉継も、この期に及んでまだ子供の悪戯に頭を抱える大人の顔をしている。

「吉継はどうしたいんだ。三成のことだから、多分知らせた瞬間に役所から婚姻届を取ってくるとは思うが。」
「あれは責任感が強い故なぁ……………われとしては、産みたい。」
ただあれに父親が出来るとも思えぬと困ったように告げられて、この会話が始まってから、いや、実際はそれよりも前からずっと考えていた望みを伝えた。


「吉継と三成の子供なら、ワシ育てても良いぞ。」

これはきっと良い切っ掛けなのだ。そうでもしなければ二人共、一生交わることのない平行線をずっと歩み続けていただろうから。
新たな絆と昔からの絆、そのどちらにも感謝しつつ、グラスを持ったままの手を自分のもので包んだ。
「…ぬしに、そこまで面倒をかける気は……。」
吉継は流石に驚いたようだったが、その戸惑いを無視して「三成怒るかなぁ。」と呟くとやがて頬を染めて俯いた。



「暫し、考えさせてくれやれ。」

何でそう言う話になるのと隣から呟かれた気がしたが、これがワシ等の今まででありこれからなのだ。