鬼子母神


まだ言葉も話せぬ我が子を売り飛ばした女が言うには、新しい男と一緒になるのに子供は邪魔なのだそうだ。
当然、誉められた行為ではないが、他人が口を挟む話でもなければ私に関係のあることでもない。

ただ、その女の語る心理を聞いて、どうしても友の顔がちらついた。
刑部は私の友であるが、彼の行動はまるで私の母のようであり師のようであり、いつも私を包んでくれている溢れんばかりの慈愛は、決して友の一言で片がつきそうなものではない。
刑部が何処かの誰かに恋慕したのなら、彼は私の手を引いている腕を離して、その誰かの処へと行ってしまうのだろうか。


もしもそうなった時、私は、止める術も、権利も、無い。


刑部が私でない者の手を取り微笑みかける姿を想像しただけで、嫉妬で腸が煮え繰り返り空想に向かって刃を向けたくなる。
…そこまで想っているのならば、私が奴の番となれば良いのだろうとも考えた。だが、私が抱いている感情は果たして恋慕なのだろうか。その疑問が、愛を告げに赴く私の足を止めた。
刑部に性欲を感じた事が無いと言えば嘘になるが、それだけならば通りすがりの下女や自分の小姓にだって抱く生理的なものと変わり無い。

それに、これは甘えであるとは理解しているが、母のようにあれこれ世話を焼かれるのはどうにも心地が良いのだ。
伴侶とは互いに支え合い高めあうべき関係であり、決して私達のようにどちらかが一方的に享受するだけのものでは無い筈だ。
恋着とは何なのだろう。


ただ私は、どんなに不様を晒そうが、情けなく縋りつくような事になろうが、刑部にだけは棄てられたくない。それはまるで、母を求める幼児のように。