八百と一つ


前世では謀略と懐柔の為に有ること無いことを転がしていた分厚い舌も、今の世では精々が小さな処世の為にしか使われなくなり、さてこれではこれから先あの面々に無事出逢えた時にどうなるか分からないと思い立った訳だ。
折角ならそう、新年度を晴れやかに迎えるこんな日に、一つくらい謀を組み立ててみたって誰も怒りは……いや、怒りはするかもしれないが、きっと許してくれるだろう。




「刑部、話がある。」
「やれ三成、丁度良い所に。われもぬしに聞きたい事があってな。」
三成の眉はぎりりと吊り上がっているが、反対に吉継の表情はまるで子供のようにあどけない。何でだろう、不思議だなぁといっそわざとらしい程に首を傾げていた様子に些か三成の怒気も和らいだ。

「ぬし、これは一体どうしたのよ。」
三成の背広を片付けていた吉継の手にあったのは、彼にはとんと縁の無さそうな風俗店のライターであった。普通は男なのだから興味くらいと思いそうなものだが、そう思わせないのが三成の三成たる所以である。まさか自主的に行く訳はあるまいと頭に疑問符を浮かべていた所に本人が現れ、内容とは裏腹の暢気さで尋ねた。

「家康が自分は使わないからと言って押し込んできた。次は私の番だ刑部、これは誰のものだ。」
簡潔に告げると続いて三成が右手を出す。握られていたのは白い箱。三成の愛煙している黒いメンソールとは違う、軽いチャコールフィルターがその中には鎮座していた。

「家康が持ってきたのよ。『吸おうと思ったがワシには無理だから三成にやってくれ』とな。銘柄も違うのにとは言ったのだが、そのまま置いていきおった。」


と、そこで二人はおかしな事に気が付く。使わないライターをわざわざ三成に押し付けた後、吸ってみたいからと購入した煙草をその人間の部屋で吸い、最後に中身を置いて帰る。どう考えても不自然だし行動に脈絡が無い。

「奴は何がしたい。」
「解らぬナァ。」
ヒヒと笑った吉継は何かに気付いたようだが、三成がそれ以上に深追いをする様子も見せなかったので、その日は普段通りに二人で仲良く夜を過ごした。



喧嘩とまではいかずとも、どういう事だと詰め寄る連絡くらいはあるだろうと思っていたのだが。
後日、われにエイプリルフールなど千年早いと笑って不要な煙草を突き返され、家康は思わず苦笑した。