結婚行進曲

何の因果かこの平和の世に女として産まれてしまった吉継は、幼い頃こそ再び絶望の渦を作っていたものの、現世で三成と出会い求婚されてからは女でも悪く無いと思えるようになっていた。
そして最近、女で良かったと言えるようになった事柄がもう一つ。

「吉継。」
名を呼ぶ声に本を捲るのを止めて顔を上げると、きりりと引き締まった男前がすぐ真横に近付いていた。
男は美しく切り揃えられた黒髪を揺らして手に持っていたものを吉継に差し出すと、表情を変えずに問い掛ける。
「もし良ければ、次の日曜一緒に映画に行かないか?」
差し出されたチケットは吉継が見たいと思っていたミステリーのもので、この選択はこの男の趣味では無かろうと思いながら受け取ると、一つ頷いてから返事を返す。

「われは構わぬが、直ぐに返事は出来ぬゆえ。」
男は一見矛盾しているようなその答えに疑問を抱く事は無く、むしろ当然だろうといった風に一度頷くと、それっきり話は終わりとばかりに踵を返すと真っ直ぐ自分の席に帰って行った。


吉継が転生して一番始めに出会った武将は、親友でも腐れ縁でもなく、何故か第五天と呼んで使っていた女だった。
向こうも記憶があったらしく、幼子特有の舌足らずな物言いで「ちょうちょ、ちょうちょ。」と親しげに寄って来ては無下にも出来ず、保育所から小学校までそのままずるずると彼女の面倒を見る事となり、いつの間に周りからは親友と認定される程の付き合いとなっていた。
市の美しさは相変わらずだったが、その危機感の無さも相変わらずで、吉継は何度その身を助けたか知れない。それでも彼女と共に居たのは、自分も確かに楽しさを感じ、寂しさを癒されたからだ。

三成と出会ったのは中学に上がってからだった。クラス分けの貼り紙の前で、驚きに声も出せずに居る自分に、三成がこれまた声も出さずに抱き着いてきたのだ。
そしてその三成の隣には、市に抱き着かれて同じように硬直している彼女の元亭主、浅井長政の姿があった。
顔など合わせた事が無かった筈なのに、生真面目な二人は妙にウマが合ったらしく、自分達と同じように物心ついた頃から共に学び共に育っていたらしい。
互いに前世の記憶がある事も、共通の知人が多い事も知らなかったらしく、子細を知ってからこれは運命なのだなと友情を深めていたのを覚えている。


吉継が受け取ったチケットは二枚あった。

この学校は、校舎の構造上二年生の教室が南館と北館に振り分けられる。一組から三組までが南館で、四組から六組までが北館だ。
南館と北館は微妙に距離があり、滅多に出会う事は無い。そして二年生に進級した際、吉継と長政が六組、三成と市が一組に振り分けられたのを切っ掛けに、学校では長政が吉継を、三成が市をそれぞれ近付く男共から守ると言う共同戦線が張られて今に至る。

今頃一組では市が同じように三成にチケットを差し出しているのだろうなと思うと、何だか笑えてきた。日曜日にちゃんと半分返してやらねばいけない。
ちなみに長政が吉継を名前で呼んでいる理由は「本来なら苗字で呼ぶのが礼儀なのだが、貴殿は直ぐに石田になるのだから、名前の方で呼ばせて貰おう。」との事だそうだ。もちろん三成も市の事を市と読んでいる。

普通や幸福などと言う言葉は、自分には縁の無いものだと思っていた。しかし今のこの姿はどうだろう。不幸どころか、二人組を作る際にあぶれた事すら無い。
これは自分が男に産まれていたら成り立たなかったかもしれないなと考えると、女も悪く無いなと思う。
吉継は表情を綻ばせると、チケットを大切そうに財布にしまった。