私達これから良い所


代表取り締まり役の三名が揃って書類にサインを入れ、めでたく今回の契約は締結した。


「いやぁ、しかし元親まで起業してたとはな。」
「起業ったって、野郎共集めてのらりくらりやってるだけだ。お前等みてぇな大企業とは訳が違うさ。」
出された茶を飲みながら話すそれぞれは仕事以外の理由ででも機嫌が良さそうで、心の内側から溢れる感情のままにニコニコと顔を綻ばせる。
「おいおい、大企業は家康だけだろ。俺ん所はただの零細だ。」
「謙遜するなよ独眼竜。今度、一部上場するんだろ?」
昔の思い出とこれからの未来を肴に今度飲みにでも、そんな会話がなされていた時のことだ。


「社長、大変です!」
叫び声と共に、家康の秘書が青い顔で部屋へと飛び込んできた。
その部屋に居た人間の視線が一気に扉へと集中した次の瞬間、目視出来る程に濃密な禍々しいオーラが床を這い寄る。
まるで闇属性の技のようだと家康が懐かしい記憶を蘇らせていたその時、革靴の鳴る高い音が廊下に響いて新たな人影が顔を出した。


「善意の通報があった。今から緊急で監査を行う。」
「俗っぽく言えば匿名でタレコミがあったゆえガサ入れを行う。」


えらく懐かしい顔が一つ、家康にとっては二つ。実に四百年ぶりの突然の再会に、心の準備が出来ていなかった三人は数秒言葉を失った。
「み、三成に刑部!?」
いち早く我に返ったのは場の主である家康で、この二人であるならばこの場へと通すのは吝かではないが、前世からの部下であった榊原はともかく受付は何をしていたのかと、見えないとは解っていながらも入り口に顔を向ける。
「お前等、ガサ入れって一体…。」
続いて政宗が先程告げられた不穏な単語を繰り返す。


社長お知り合いですかと、不思議そうに首を傾げたのは会議室で茶を配っていた部下の里見だった。彼は前世組ではないので、そもそも出身も年齢も違う社長三人が何故旧知の友であるのかすら知りはしない。
その質問に答えたのは吉継であった。白黒が逆さまになった瞳はそのままだが、病に侵されていない美しい肌の彼はにやりと意味ありげに笑う。
「ああ、申し遅れておったな。われは厚生労働事務官の大谷吉継、そして此方は。」
「労働基準監督官の石田三成だ。」


それを聞くなり、家康と政宗と、ついでに里見の顔が一瞬で青ざめた。


「え、待ってくれ何をする奴だって?」
唯一状況をよく解っていないらしい元親が、乱入者に向かい問い掛けると、吉継は胡散臭い笑顔のまま丁寧な解説を始る。
「徳川が絆の力で部下にサービス残業をさせただとか、小蛇の部下が労働中に怪我をしたのに手続きが面倒で労災届けを出さなかったとか魚の工場でアスベスト使って職業病が発生したとかしておった場合にな。」
「私達が逮捕する権限を持つ。分かったなら今から強制捜査を行う。拒否は認めない。」
説明の最後は三成が引き継ぎ、手にしていたレーザーポインタを刀よろしく突き付けて、理解したならば大人しく逮捕されろとふんぞり返った。

「何だそんな事か。俺達は何も悪い事してねぇんだし、好きなだけ調べさせりゃ良いじゃねーか。」
そんな二人の言葉に、元親は快活に笑うと三成の背をばしばし叩き、好きにしろよと送り出す。
「やれ長曽我部殿は話が分かるようで嬉しい、ウレシイ。」
「早まるな元親!!」
楽観的な元親の言葉に家康が悲鳴を上げた。こいつらが来てしまえば窓の縁に指を這わせて埃が有るとか無いとかそう言うレベルで突っつかれるのだ、よく言えばおおらか、悪く言えば大雑把な元親の事業所など逮捕まで行かずともまず間違い無く吊るされる。と言うか睨まれたらそこで試合終了だよ。


「待ってくれウチの労務士は今日から一週間新婚旅行で居ないんだ!!」
「知っておるから今日来たのよ。」
「相変わらず最悪だなテメェ等!!!!!」
「忠勝ー!!タダカーツ!!今すぐ榊原を連れ戻してくれ!!」
「パワハラ頂きましたー。」
「私と刑部に誤魔化しが通用すると思うな。」
家康の懇願はあっさりと棄却され、吉継がぱちりと指を鳴らすと何処に隠れていたのか彼等の部下とおぼしき男達が段ボールを手に続々と入ってくる。
社外秘の資料をべらべらと捲り荒っぽく確認していく姿を見て、家康は最早泣きそうだ。
「あまり無茶をするな!お前達だって訴えられたら不利になるんだぞ!」


「この近隣の担当検事は毛利よ。めでたきな。」
そこで漸く元親も嵌められたと叫び声を上げたが、事態は既に遅かった。
三人が無事にこの地獄の監査を切り抜けられたのかどうかは、語るまでもないだろう。