遠くで誰かがないている


大谷吉継が病を理由に寝床から出てこないのは、二ヶ月前に西軍の将が大阪城に集められてから実に四度目の事である。
これは流石に一騎当千と呼ばれる猛者達も困惑した。何せこの副将、大将である石田三成と毎晩同じ布団同じ部屋で眠っていると言うではないか。ナニをしているのかなど改めて確認するまでもない。
相手は病人なのだから、もう少し手加減なり配慮なり出来ないものか。蝶が言っても出来ないものを、一体誰があの凶王に強いる事が出来ると言うのか。いや、そもそも他人の閨事になど口を挟むものではない。


苦笑混じりに、呆れ半分に、話し合うのも何度目か。これから幾度も起こるであろう日常の気配に、妙な安堵を覚えた。





「刑部。」


「みつ、なり。」
からからと乾いた音と共に、右腕が畳を這うように布団から抜け出したので、三成はそれを捕らえて手を添わせ、痛みを覚えぬように背中を持ち上げる。

「兵糧の集まりは現在予定通りだ。信州街道で大雨が降ったらしく一部山が崩れて道を塞いでいる。東軍との小競り合いは無し、野党の拠点が割れ今夜毛利を指揮官に豊臣軍と毛利軍の精鋭が攻め込む。桃なら食えるか。」

吉継は一つ頷き、先に桃を口にした。唇と喉を湿らせると、言葉を発するのが苦しくなくなったようで、一口ぶんの塊を飲み込んだ後はそれ以上に手を付けず、暫く思案した後で同じ器官を先程とは別の方向へと動かす。

「兵糧は外だけでなく中身を全て確認しやれ。今は豊作ゆえ量は心配無かろうが、敵方が妙な混ぜ物をしていないとも限るまい。野党は処分を含め毛利に任せる。何かあれば呼べ。問題は信州街道か…数日で直る規模なら捨て置くがそうでなければ…まあ明日じっくりと説明を聞かねばな。」

三成が己の身で背を支え、それに身体を預けると漸く安心して残りの桃に取り掛かる。小動物が齧っているような減りの遅さにも、三成は何も言わない。


二人が愛し合っているのは事実だ。小姓の頃には若さに任せて多少、無茶な身体の重ね方もした。
ただ、それは今では遠い日の思い出だ。


身体の節々が軋み、筋が痛みに悲鳴を上げ、腱が機能していない。
本当は、声を出すのも億劫なほどに、傷んでいるのだ。

三成は吉継を抱いてなどいない。


病のため、と告げられた理由が、事実であるだけの事なのだ。また、悪化しただけなのだ。


西軍の将を大阪城に集めてからたったの二月。


吉継は四度、病に倒れている。