愚か者の手


大きく目を開いた刑部に腕を取られ、ぬしは正気かと問い掛けられた。
正気も何も、この状態でそれを訪ねる刑部の思考の方が私には不思議で堪らない。

「正気かとは何だ。貴様こそ何をそんなに驚いている。」
この部屋で眠る許可を求めた時、蒲団は一つしかないぞと笑ったのは刑部の方ではないか。心中で歓喜の声を上げた私の早合点と言うには幾らなんでも煽動が過ぎる。
「貴様は一つ同じ蒲団で眠る相手に生殺しを強いるのか。」
「生殺し……いやしかし、ぬしと我とでそのような。」

刑部には普段から変わり者だ何だと笑われるし、自分でも何かがずれているのであろうと言う事は理解しているが、今回に限っては確実に此方が正論だ。
良い年をした大人二人が同じ蒲団に入っているのだから、どう考えたってその先を予測しない方がおかしい。私の期待は真っ当なものである筈だ。
「私と貴様だから何だと言うのだ。」

比翼の鳥のようにいつも共に在り、刑部の膝で眠った事もある。むしろ今まで身体の関係が無かった事の方が不思議でしかない。
自分を捕らえる腕に口を寄せると、驚いてその手を引こうとしたので逆に掴んで当初の予定通り押し倒した。
袷を割って包帯の上から脚を撫でると驚いたように身体を引いたので、硬くなった分身を押し付けるようにして抱き付く。耳許で名を呼び、許可を求めた。

「病が…。」
「今更だ、私は気にしない。」
「ぬし男の抱き方なぞ知らぬであろう。」
「案ずるな、小姓を十人ばかり捕まえて練習してきた。」
「ならば今宵もそうすれば良かろ。」
「私は欲を散らしたいのではなく貴様に触れたいのだ。貴様の代わりなど居ない。」

何だかんだと理由をつけて拒もうとはしているが、身体をまさぐる腕は最初の一度以降制止されていない。
「私が嫌いか?」
「まさか。」
止めに、股を開かせた状態で問うた内容にそう応えられ、それ以降の詮索は愚問だと残りの言葉は全てこの狂おしい感情をぶつける事に使って終えた。


刑部は最後まで、不思議そうな顔をしていた。


私は刑部を好いていて、刑部も私を憎からず想ってくれている。ただ、刑部は何故か時々私を人として見てくれない。自分を化け物と卑下する刑部がそれに近付く私を同類と思っているのか、それとも、他の理由なのか。

欲しい言葉も身体も手に入れた筈なのに、何故だかまだ何かを残している気がした。