年下じゃなくても男の子


「俺やっぱみゆたんが一番だと思う。」
「いやいやいや、かやっぺだって負けちゃいませんよ。」
「ワシはルルカ嬢かなー。」
「ルルカは無い。」
「えっ。」
「ルルカは無いだろ。…石田はどう思う?」

隣で勝手に騒いでいるかと思えば、気付けば私にも話題が振られていた。内容はなんの事はない、グラビアアイドルで誰が好きだの嫌いだのと言うありきたりな話だ。
過去の自分なら下らんと斬って捨てていたであろうが、現代に生きる高校生男子ならばそう言った話題に華が咲くのも仕方ない事だろう。そんな風に思える程度には、この平和な世の中に順応して丸くなった。

「…特に好ましい者は居ない。」

広げられた雑誌の中では、年端もいかぬ若い女が肌を晒しあどけない表情で此方を見ている。それも一人や二人ではない、ざっと十人は居そうな集団を軽く眺めてそう答えた。
肌は隠している方が良い。全身を包帯で覆えとまでは言わないが(そもそもあれは病の所為なので刑部自身としては不本意な格好だった)下着の見えそうなスカートや胸元の大きく空いたシャツなどで街を闊歩する女子は、遊び女にしか見えず近付きたいとは思わない。
その上にこの幼さの残る視線が駄目だ。今の流行なのかもしれないが、そもそも私は刑部のように何もかもを見透かしているような成熟した大人と互いを求めあいたいのであって、世の中のいろはも知らぬような子供に悪戯をしたいわけではない。
但し刑部が年端もいかぬ子供になっていたならば躊躇なく犯す。

「みゆたんめっちゃおっぱい大きいよ!?ホラ見て!」
しかし椿丘は諦めきれない様子で、みゆたんとやらが見開きで載っているページを開きぐいぐいと押し付けて来る。確かに胸はある、形も良い、それは認めるが。

「興味が無い。」

はっきりそう断じると、今度こそ友人は引き下がった。東海林と家康も苦笑を浮かべるだけでそれ以上の深追いはしてこない。


刑部の薄い胸が好きだった。掌で撫でると肋の感覚まで伝わってくる肉付きの薄いそこは、刑部自身は脆弱と嫌っていたようだったが、奴の鼓動を間近に感じられて酷く安心できたのだ。
それに、撫で回している内に刑部が感じてくると平らの中につんと尖った先端が主張を始めて、それを指摘してやると口では恥ずかしいと言いながらも胸を腰を、少しずつ押し付けてくるのが堪らなかった。

何故、刑部は私の傍に居ないのだろう。
それを考えるとそれまでの甘い思い出が一転して心の臓を締め付けた。鮮明な記憶があるぶん余計に生殺しだ、一人で過去をなぞるだけと言うのは、あまりにも、いきぐるしい。

虚ろなまま残りの授業が終わり、重い足取りで帰路を辿る。今夜はきっとまた刑部の夢を見るのだろう。夢の中での幸福と目覚めたら時の虚無感はもう幾度となく経験しているが、いつまで経っても慣れる事は無い。
余程周りを見ずに歩いていたらしく、何か柔らかいものにぶつかって思わず足を止めた。視線を下ろすと見知らぬ女が私の制服を握っている。


「みつなり…?」




「ぎょうぶ、なのか?」
何度も頷く女の目には涙が溜まっている。泣くなと言おうとしたのだが、空気が震えるだけで喉からは何の音も出てこない。仕方がないので無言のまま抱き締めると、遂に肩口がじわりと濡れたのが解った。
やっと、やっとこの手に抱くことが出来た。その身が幻ではないのかと疑ってしまったのは一瞬で、感じる温もりが、触感が私の意識を刑部の側に引き戻す。

二人とも一言も口を聞かぬまま歩きだし、刑部に手を引かれて小さなマンションの一室へと辿り着いた。大量の書籍が積まれて一見乱雑に見えるが、そこかしこに転がる服や小物はどれも趣味が良い。一目でそうと解る、刑部の部屋。
刑部、と掠れた声が出ると、それからは壊れたように互いの名前を呼び合ってひたすら交わった。
即物的な行為だが、私達が一つになっていると確かめるには手っ取り早かったし、何よりも身体の一番奥で相手を感じたかったのだ。



絶頂を迎えて呼吸を整える私の隣で、とろけた瞳がじっと此方を見つめている。白黒の反転したそこだけは前の世と同じ姿をしていて、懐かしさと愛しさの衝動に駆られて瞼へと口付けた。
吉継はくすぐったそうに身をよじると、仕返しと言わんばかりに私の顔を掴んでキスの雨を降らせる。

再び体温の上がった私は、細い腰を抱いてその柔らかな身体を布団へと押し付けようと力を込めた。
しかし、少しばかり吉継の行動の方が早かったらしい。
たゆんと揺れる二つと膨らみを自ら掴むと身体ごと倒れ、何とその柔らかな胸で私の性器を挟んだではないか。
すると竿の部分だけでなく、足の付け根や下腹にまでむにむにと柔らかな感触が伝わり、萎えたものが瞬く間に復活していく。

「よし、っ、ぐ…!」
「ヒヒッ、これは初めてであろ。」
悪戯っぽく笑うと、先端部を唇で甘く噛み、ぬるつく舌でつつき始めた。彼女の目論見通り、先走りが滲んで紅く充血した唇に、乳首に纏わりついている。
むちむち、ちゅぱちゅぱといやらしい音が部屋に響き、口内深く咥え込んだまま吸い上げられると、私は堪らず低く呻いた。
ごくり、と喉の鳴る音で我に返る。

顔から胸まで私の出したもので濡れて汚れた姿は卑猥の一言に尽きる。
今度こそ吉継を下に敷くと、両脚を肩に掛け全てが丸見えになる体勢を取らせてからまた貫いた。



空が白くなるまで享楽に耽った後、本当ならば昼過ぎ辺りまで惰眠を貪りたかった。が、私には学校があるし吉継にだって仕事がある。そう言えば昨日は親に連絡などしている筈も無いから、これは学生の身分で無断外泊と言う事か。
衝動が落ち着くと脳内を占めるのは現実的な問題とそれに対する打開策についてである。
幸いにも今居るマンションは学校の最寄り駅から歩いて来れる距離であり、吉継の方は自宅なのでいつもの時間に家を出れば取り敢えず何とかはなりそうだ。
慌ただしくシャワーを浴びると、吉継に食えと押し付けられた朝食を食べる。普段は野菜ジュース程度で済ませているのだが、今日に限っては激しい運動をしたこともあり一汁三菜の揃った和食を簡単に片付ける事が出来た。

玄関の扉を潜る前に口を合わせ、吉継の案内に従って駅へと進む。学校は北口方面にあるのだが、マンションは南口を出た所にあり、地理がさっぱり分からない。
手を繋いでいるのは、そう言う理由があるからだ。




「石田ぁー?」
「ん?」
駅に到着し、暫しの別れを惜しんでいると、背後から級友の声が聞こえた。
舌打ちをして振り返ると、妙な表情をした椿丘が駆け足で近付いてくる。
「石田、お前昨日家帰らなかったんだろ。何してたんだよ。」
「何故貴様が知っている。」
眉間に力が入るのが自分でも分かったが、今更その程度で臆する相手でも無いのでそのまま睨み付けてやった。

「おばさんからメール来た。うちに泊まってるって言い訳しといてやったから、感謝しろよ。」
「感謝する。」
椿丘の背後から射している光は朝焼けだろうか、いやそれだけでは無いだろう。今日だけは椿丘様と呼んでやっても良い。
帰宅した時どのような釈明をすべきかという問題は一先ず解決を見せた。安堵の息を吐いた所で、次の声がかかる。

「おはよー、何してんの二人とも。」
「なんだ、東海林も居たのか。」
「なんだって何だよー。俺だけじゃなくて徳川も居るよー。」
そして東海林に呼ばれ、少し離れた場所に居た家康がのこのことやって来る。予想通りと言うべきか、奴は吉継の姿を認めると目を丸くして駆け寄って来た。
「…刑部!?」

そのまま腕を取ろうとしたので横から払い退けると、私の些か過剰な反応を見た東海林が首を傾げて問い掛ける。
「お姉さん?」

何故そうなった。

「私の恋人だ。」
カッと目を見開いた二人の視線の先にあったのは、間違い無く吉継の胸の膨らみだった。服の上から見る事までは仕方ないから許してやるが、これは私のだからな。

吉継はそんな視線に気付いているのかいないのか、相変わらずの要領の良さを見せて軽く挨拶を済ませると、職場へ急ぐべく改札の向こうにさっさと消えて行ってしまった。



それを四人で見送った後、椿丘と東海林が同時に私に食って掛かった。

「おい石田彼女ってどゆ事?」
「お前いつの間にそんな…あれ徳川は知ってたの?」
「いや待てそれよりも石田おっぱい興味無かったんじゃないのかお前。」
矢継ぎ早に繰り出される質問を全て無視して一歩踏み出す。
しかし椿丘に腕を掴んで引き留められ、奴の方に視線を向けると今まで見たことの無い真剣な表情で尋ねてきた。


「昨日のお泊まりでパイズリとかして貰ったの??」


もっと他に聞くべきことは無いのかとは思わないでも無かったが、アリバイ作りの借りは返してやろう。


「当然だ。」

ウォォォォ!!と言う大歓声の後ろで、それでは駄目なんだ三成当然では駄目なんだと言う家康の声が混ざっていたような気がしたが、駄目な理由などある筈が無い。
私はそのまま三人を残して学校へと歩みを進めた。今日もまた放課後刑部の部屋に行こう。