ならばそれは餌だろう


吉継が業の病を患ったと、非公式ながらも正式にそう伝えたのは半兵衛の主治医でもある老齢の男で、伝えられるために呼ばれたのは普段より吉継と親しく交流を持っている三成、家康、官兵衛の三人であった。
「先生の腕を疑うわけではないんだが…確実なのか?」
哀れっぽい声でそう詰め寄ったのは家康で、問われた医師が口を閉ざしたままゆっくりと頷いたのを見て一瞬瞠目した後静かに項垂れた。
此処暫く誰とも、あれほど仲睦まじくしていた三成とすら顔を合わせなかった理由が漸く知れて、嫌われたのではないと知れた喜びの反面、予想もしていなかった事実に打ちのめされて言葉が出ない。
しかし茫然と立ち竦む家康とは裏腹に、三成の態度は毅然としたものだった。怒鳴るか嘆くか、何にせよ叫び出すには違いないと吉継は思っていたので、そうかと一言だけ告げて刀を抜いた恋人を見て少し意外そうに首を傾げる。

「おい三成、何を…。」
愛刀を引き抜き吉継へと詰め寄った三成に、当事者ではなく官兵衛の方が焦った声を上げた。凪いだ瞳に攻撃の意志は見えなかったが、彼は稀に普段の解りやすさが一転して突飛な行動を取るので、安心は出来ない。

「刑部、どこが良い。」
「はて、何の事か。」
どちらも特に感情の揺らぎを見せないまま向かい合い、三成は端的に告げる。
「業は人の肉を食えば治ると聞いた。ならば私を食えば良い。腕か、腹か、貴様の好きな場所を削ってやる。」
そうしてまた、至って真面目な表情でどこが良いかと再度尋ねた。

得た回答に苦笑したのは吉継だけでは無い。確かにそんな話を、官兵衛も家康も小耳に挟んだことがあった。
「気持ちは有難いがなァ、三成。それは単なる迷信よ。」
「治らないのか。」
「精々、更に業が重なるだけであろ。」
原因が判明すればそれに対する返答も簡単に出てくる。
当てが外れてしょぼくれた三成を慰めるように吉継がその頭を撫でていると、官兵衛がしみじみと呟いた。
「しっかし、最初に言い出した奴は一体何を考えてたんだろうなぁ。」
「全くだ、人を食って病を治そうなんてな。」
家康もそこで漸く空気が懐かしいものへと戻ったのを感じ取り、おっかないよなぁと呟いて苦笑する。

そんな中、言い出しっぺの三成のみ、不思議そうに首を傾げて和やかになりつつあった会話に異を唱えた。
「そうか?見た目にも滋養がありそうだと思うのだが。」
彼の発言には裏表など無いと、全て本心だと理解しているだけに、今度は違う意味で三成に視線が集まる。

「三成…?」
「家康の頬肉など、軽く炙って塩でもまぶせば良い肴になりそうだ。」
「お前ワシの事そんな目で見てたのか。」
普段食べ物の味など頓着せぬ癖に、そんな所にだけ興味を示さないで欲しい。流石の家康も頬を押さえて一歩後ずさった。
吉継は数度ゆっくりと瞬いた後、珍しくどう答えるべきか迷いながら静かに言い聞かせる。

「…食べ物ではなかろ。」


家康の必死な視線が突き刺さって痛い。うっかり確かに旨そうだなと思ってしまったが、それを言うと三成が本当に家康を襲いかねないので、吉継は賢く口を閉ざすことにした。