ケシワスレ


趣味どころか好きな食べ物を答えるのすら危ういような究極の無趣味人石田三成が、最近になってカメラに凝り始めたらしい。
高校入学祝いに祖父から貰ったと言うデジタルカメラに、別売りの一眼レフレンズをわざわざ取り付けて画面を覗き込む姿は真剣で、この堅物に一体何が起こったのかと彼の友人達は最初目を丸くしたものだが、見慣れてしまえば漸くこの男にも人間らしい部分が現れたと喜んだものだ。

学校まで持ってきて何やらカチャカチャとやっている様子は気に入りの玩具を放したくない子供のそれである。
三成の友人である家康、元親、それに官兵衛も揃って機械弄りを趣味としており、不慣れな手つきでカメラを引っくり返す彼を見ていれば自身の好奇心も擽られ、じりじりとその机を囲むのに、大した時間は掛からなかった。
「三成、そのカメラワシにもちょっと見せてくれ!」
「あ、俺も俺も!」
「レンズって他にも持ってるのか?」
「あ、官兵衛は触ったら駄目だぞ壊れる。」
「なぜじゃ!!」
一斉に騒ぎ始めた筋肉三人に三成は一瞬眉をしかめたものの、少し考えてから返した返答はさほど刺々しいものではなかった。

「今は駄目だ。データを移してからなら触らせてやる。」
機械が得意とは言えど初めて触る機種だ。確かにうっかり妙な操作をしないとも限らない。
三成の言うことも尤もだと頷き、ならば翌日が都合よく休日だから家康の部屋にでも集まろうと話をして、その日は三人とも大人しく三成の側から離れたのだ。



そして迎えた翌日、部屋では家康と官兵衛が三成のカメラと睨み合っていた。
カメラの一部には明らかな空洞が見えており、昨日の宣言通りメモリーカードが引き抜かれていることが分かる。
そもそも何故この二人なのかと言えば、昼食を買いに出ようと言う話になった時に、珍しくじゃんけんで官兵衛が勝利たのが悪かった。家主である家康が買い出しを免除され、ではじゃんけんに負けた元親をコンビニへと向かわせようと言う話になったのだが一人で行かせると何時まで経っても帰って来ないからと三成がお目付け役をかって出たのだ。

二人が帰って来るまでの間、さて何をしようと考えて、取り敢えず今日集合するきっかけとなったカメラでも触ろうかと家康が朝にも少しつついたそれを再び手に持った。
窓の外の風景を一枚撮影する。カメラには詳しくない家康でも、何となく普通のカメラで撮ったものより綺麗に写っている気がして興が乗った。
しかし、そのまま続けてシャッターを押そうとした時、突然容量オーバーの文字が表示されそれ以上の撮影が不可能となってしまった。

メモリーカードを抜いているとは言え、一枚目が上手くいったのだから本体にだって少しは保存出来る筈である。昼前に見た時は何の写真も残っていないように思えたのに何故だろうとあちこち触っていると、やがてゴミ箱と書かれたフォルダがあることに気が付いた。
どうやらパソコンと同じで、一旦ゴミ箱に移した後再度消去をしなければ完全に削除はされないらしい。
全削除にしても構いはいないだろうと思ったが、念のため中を確認してから消しても大丈夫そうなものを選ぼうとフォルダの中を開く。どんなものを撮影しているのだろうという好奇心が沸いたというのもあった。


最初に画面に表示されたのは、見覚えのある後ろ姿。
「……刑部?」
突如現れた幼馴染みに、何故こんなものがと首を傾げそうになったが、そう言えば三成は刑部の真後ろの席だったと思い出して直ぐに納得した。偶然シャッターを押したか、それとも撮影の具合を調べようと席についたまま適当な被写体を選んだのか。どちらにせよ大した意味はあるまい。
しかし折角こんなものを見つけたのだから、後で少しからかってやろうと悪戯心に火がついた。が、次の画像に進んで、その考えを改めた。

「なんじゃこりゃ?」
いつの間にか背後に居た官兵衛が不思議そうな声を上げる。
画面に写っていたのは、同じ学校の女生徒のものと思われるうなじのアップ。
髪の毛を掻き上げた瞬間を的確に捉えたその一枚は、よく知る人物であるにも関わらすどこか色っぽい。
何となく嫌な予感を覚えて次々と画像をチェックしていくと、その度に出てくるのは同じ被写体。

「これって刑部…だよなぁ?」


明らかに学校外で撮影したと思われる私服姿、肩からブラかキャミソールの紐であろうものが見えているちょっと際どいもの、何をどうやったのか体育の授業中の風景、あと本当にしつこい位後ろ姿。の刑部の写真。

そう言えばと嫌な事実を思い出し、山ほどある後ろ姿を一枚削除してシャッターを押してみると、案の定その時に音は鳴らなかった。
「…三成は何やっとるんじゃ。」
がっくりと首を垂れた官兵衛が頭を抱える。
生憎と二人が理解出来たのは三成は吉継が好きだと言うそこまでで、だから何故こんな内容のものを大量に持っているのかと言う理由については全く不明だったのだが、今はそれよりもどんな顔をしてこのカメラを返せば良いのか、見て見ぬふりをしても良いものかどうかと言う事で頭が一杯であった。


「アイツその内捕まるぞ……。」

玄関の扉が開くまであと五分。