ベビーパウダー


女の匂いだ。と思った吉継の脳裏に浮かんだのは、目の前の男との明確な繋がりでもある己の娘では無く、何故か最近西軍に引き入れた第五天の名を冠する女であった。
食べ物などとは違うが、かと言って露骨に化粧品の類いの薫りがするわけでもない。妻を持つ男ならば誰でも纏うその存在感が、女の体臭と言う判りやすい形で表れたに過ぎないのだ。

「義父上、どうかなさいましたか?」
当の幸村本人はそんな事を思われているなど露とも考えていないだろう。吉継自身、離れてみて初めて己の娘に女を見た程なのだから。
「いや、我が娘が大事にされているようで嬉しく思ったまでよ。」
回りくどくそう指摘してやると、何を指しての事なのかは解らないながらも漂う気配が和らいだのは伝わったらしく、同時に酷く微笑ましい揶揄をされたのだと気付いて幸村は頬を赤く染めると曖昧な笑みにならぬ笑みを浮かべようとして口元を引き攣らせた。
苦笑を浮かべたつもりの彼のそれは結果から言えば失敗に終わり、眉間に皺を寄せながら片方の口角を持ち上げもう一方を下げるといういっそ笑むより器用とすら思える表情が貼り付く事となる。


それを見て益々機嫌を良くする吉継も、勿論幸村も知らないことであったが、吉継がつくりものでなく笑うと、今の幸村とよく似た顔になるのだ。
もし、それを知っている数少ない人物が誰か一人でも此処に居れば、紅の父子の仲睦まじさに目を細めたであろうが、吉継にとっては幸いな事に、今の二人を見つめているのは庭の金木犀だけであった。