そうしょく


慣れた風体で閨へと忍び込んで来た白にあからさまな溜め息を一つ落としてやったのだが、やはりと言うべきかそんな些細な事は意にも介さず菫色をした唇が甘く開いた。
「冷えますね。」
「山陽が温いんだ。」
動物を飼った事は無いが、猫なんかは暖かい場所を求めて人の寝床に潜り込むらしい。さも当然のように人の布団を奪うふてぶてしさが果たして猫にも備わっているのかは知らないが、書を綴る手を止めて毛並みを撫でに行ってやろうと思える程度に愛着が沸いているのは戦国武将としてあるまじき事だと解っていながらも事実である。
指先を指先で包み込むと、冬の木のようなひんやりとした暖かさが染み込んで不思議な心持ちになり、慣れぬ擽ったさについつい笑みが浮かぶ。
冷えて動きが鈍くなったのか、ぎこちなく固まる手をゆっくりと揉んでいると、中指の腹に一筋の赤い糸がちらついているのに気が付いた。

刃物で切ったにしてはあまりにも浅く小さなそれを眺めていると、天海は甘えるように額を小十郎の肩へとくっ付け小さく笑う。
「ああ、…ふふ。慣れない事をしたので。植物も生きているんですねぇ。反抗されてしまいました。」
昼間畑に来てうろちょろと動いていたのは知っていたが、まさかこの男ともあろう者が単なる雑草で指先を切ったとは。


「可笑しな奴だ。」
人の生死を嗤う癖に、名も知れぬ植物に憐れを感じてふとした拍子にまっさらな心を覗かせる。
いや、可笑しなのは自分もだ。普段ならば、こんな浅い切り傷に一々頓着などしないのに。


滲む紅に唇を寄せるとうっすら鉄の味がして、それで漸くコイツも人間だったのだと思い出した。


(草食・僧職)