生春巻き

女の身であるという事を改めて自認した時は、この采配を振るった見えざる力に対して久方ぶりの明確な殺意をというもの抱いたものだが、他の各々も同じように性別を逆転させて産まれたと知った時にはその激情も消えて、残ったのはなるべくして成ったのかと言う諦観だけだった。


元就は性別の外は、ほぼ前世のままと言って差し支えの無い外見をしている。
男にしては低かった身長も、男にしては細かった身体も、今では逆に女にしては背が高く筋肉のついていると言う風に変わった。お陰で日本人女子の平均身長より十センチ近く低い吉継と並んで歩くと、男女の恋人同士のように見られる事も少なくない。

長いスカートに黒いタイツを履いた足と、短いスカートに白いスニーカーソックスを履いた足が机の下で絡む。
「三成の小食はほんにどうにかならぬものか。」
わかめスープを啜りながら話すのは相変わらず、今世では実の妹として産まれた銀髪のやや子の話題である。
此方としてはもう茶々を入れる材料も尽きたが、吉継は三成の話題なら飽きることなど無いとばかりにその舌が止まる気配は見当たらない。

「貴様こそ好き嫌いをしているではないか。」
「……われは何があってもパクチーを許せぬ。」
日替わり定食のメニューを確認しなかったのは明らかに吉継の失態である。副菜が生春巻きであると知っていれば月見うどんでも啜っていたものをと、今さら悔いたところでもう遅い。
ふんと鼻を鳴らして皿の上に一つだけ転がっている生春巻きを見ると、何を思ったか箸で摘まんで差し出された。
「要るならばぬしにやる。」
出された食事を残すのは、戦国の頃を思い出して何となく躊躇われる。ぱくりと一口で箸の先にあった重さを消してしまうと、吉継が嬉しそうに笑って唇の端に付いていたらしいソースを拭ってきた。
彼女は自分がずっと無表情なのも、何も言わぬのも性格故のものだと思っている。確かに本来は性格故のものだった。が、今は違う。気付いたからだ、吉継は、自分の醜い部分を見せた時に一歩も引かぬ相手を求めていると。遠巻きにされがちな沈黙も無表情も、彼女にとっては好ましい前世の名残でしかない。

吉継の好き嫌いを直してやる気など毛頭無かった。好きなものだけ近付けて、嫌いなものは遠ざけていれば良い。


未だに前世の感覚が抜けないのはどちらも同じだ。毛利元就は紛れもなく男であると魂が叫んでおり、男に抱かれるなど、想像するだけで吐き気が込み上げる。吉継は適応力が高く女の生を満喫しているようにも見えるが、あの鉄砲玉が男に近付く事を許しはしまい。
一番の難関と思われた石田は、まんまと妹に産まれ落ちた。家族愛と綺麗に名の付いてしまったそれを、覆すつもりはどちらにも無いだろう。

好き嫌いを、続けていれば良い。
そうすれば、この柔肌はいずれ自分を選ぶのだから。