シミュラークルな正午
番外編〜お正月企画〜







「兄さん、一生のお願い」

 ついこの間も聞いた気がするぞ、その言葉。
 デジャヴ?
 受験生の弟に代わって年末年始は食事当番に撤していたリヴァイは凝り性がさいわいしてやたら凝ったおせち料理を作っていたが、昼近くにばーんと寝癖を作って起きてきた弟は新年の挨拶もそこそこ満面の笑みで言った。

「初詣いこうぜ!」


****


「もう帰ろうぜ兄さん」
「てめぇふざけんな。どれだけ駐車場探すの苦労したと思ってんだ」
「こんなに並ぶとは思ってなかった…」
「クソ、寒い」

 合格祈願したいと駄々をこねる弟に根負けし車を出したものの、道は混んでるわ駐車場はないわで既に辟易していた二人だったが、本堂へ続く一本道が参拝客で埋め尽くされているのを見て、先に弟がくじけた。
 寒がりなリヴァイは大して寒がりでもないくせに派手な耳あてでほくほくとした弟がしれっと帰りたいと口にするのを見て、こいつはただ面倒臭くなっただけだ落ちろと心で罵った。

「なーなー、兄さんの今年の抱負なに?」
「……節電」
「エコだな!エコ男子!」
「うるせぇよ。てめぇ昨日またテレビ点けたまま寝ただろ」
「ゆく年くる年までは起きてたんだけど…」
「受験生がテレビなんて観てんじゃねぇ」

 幸い日が差していて底冷えするほどの寒さではないが、列は一行に進まない。あとどれくらい待つのだろうかと苛々していたリヴァイだが「お年玉はー?」だの「初夢に兄さんが出てきたんだけど…」だの下らない話ばかり振ってくる弟にますます苛々した。
 苛々しているうちになんとか本堂に辿り着き、ようやく目的を果たす時がきた。
 二人で同時に財布を取出し口を開けると(こういうタイミングはピッタリだ)また弟が騒ぎだす。

「やっべ!小銭ねぇ!10円でいいか」
「10円は駄目だ」
「何でだよ?」
「縁(円)が遠(10)くなるから」
「じゃあ20円」
「二重(20)に縁(円)が遠くなるから駄目だ」
「面倒くせぇなー。兄さん貸して」
「お前何しにきたんだ…」

安くない額の小銭を弟に渡し(きっと返ってこない)二人で賽銭箱に放る。

ちゃりんちゃりん。
二拝二拍。
息はピッタリ。

「弟の馬鹿が治りますように」
「兄さんの性悪が治りますように」

「「………」」

「弟の減らず口が治りますように」
「兄さんの弟萌えが治りますように」
「弟の自意識過剰が治りますように」
「兄さんのドSが治りますように」
「弟のドMが治りますように」
「兄さんの早漏が治りますように」
「そうでもねぇだろ!!」
「兄さんの短気が治りますように」

「「……」」


 険悪な空気が流れたが、後ろに控える膨大な人数の参拝客からの圧力に負け、二人はすっと神前を後にした。肝心の合格祈願を忘れたエレンは絵馬を見つけてばんばんと兄の背中を叩いて本日何度目かのおねだりに出た。


****


「第、一、志、望、合、格っと。俺、絵馬って初めて書いたよー」
「よかったな」
「兄さんはなんて書いたんだよ?」
「交通安全」
「ああ……なぁ、俺の合格祈願は?」
「それはてめぇが書いてるだろ」
「兄さんの絵馬の方が効きそう…」
「やめろ触るな書き足すな」

 昔から弟は兄のものが何でも羨ましい。リヴァイの神経質な字の横から、エレンはペンを伸ばした。

「家内安全、夫婦円満…」
「何書いてんだ、誰が夫婦だ」
「リヴァイ・イェーガーっと!」
「名前を書くな。知り合いに見られたらどうする」
「リヴァイ君結婚したんだなー、って思うんじゃね?」
「ふざけんな消せ。オイ変な絵を書くな」
「今年は辰年だから…」
「これが辰か?絶望的に下手だな」
「完成!!」
「ガキの落書きか。ガキもいると思われるじゃねぇか」
「あ、合格祈願って書くとこなくなった…」
「もうスペースねぇよ。諦めろ馬鹿」
「お!裏面!」
「もう死ね」

 好き放題に書き足され無惨なことになった絵馬をわざわざ目立つ場所へ掛けようとした弟に後ろから蹴りを入れる。これで帰ろうとしたが「おみくじ引こうぜ!」とまだまだ元気な弟の言葉に「また並ぶのか…」とリヴァイは力なく返した。


****


「小吉かぁ。つまんねー」
「矮小なお前にぴったりだな」
「ひどい!兄さんは?」
「……」
「大凶じゃん!超うける!」
「待ち人来ない、失し物でない。お前、事故が今年だったら死んでたな」
「兄さんは期待を裏切らねーな!」

 けらけら笑う弟を無視して結び木へ直行したが、またもエレンは余計なことしか言わない。

「結べる?兄さん、届く?俺が結んでやろうか?」
「お前磨り潰すぞ」
「磨り潰す!?」
「しかしいつも思うが毎年正規の結び木じゃない場所に奇をてらったように結んでいく奴は必ずいるな。どういうつもりなんだろうな」
「え?」
「お前か」
「兄さんもほら!ここに!この木ならまだ誰も結んでない!」
「うるせぇよ。ご利益から取り溢されろ。そして落ちろ」
「落ちるは禁句だろ!」
「よし。今度こそ目的は果たしたな。帰るぞ、エレン」
「兄さん!あっちで甘酒配ってる!」
「……」

 その後もフルコースで初詣を引っ張り回され、帰ってからぐったりと疲れて眠ろうとする弟を、リヴァイは再びスパルタで受験勉強に追い立てたのだった。


****


 その春、根性を見せたエレンは第一志望の大学に合格した。
 しかし春からのキャンパスにエレンが憧れる韓国女優が日本の文化を学ぶためだとか言って入学し、学生番号が近かったらしいエレンを気に入りその年のリヴァイの最大の悩みの種となるのだが、リヴァイが引いた大凶のおみくじがそれを指していたのだとを知るのは、再びおみくじを引く来年の今頃だった。




end











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