シミュラークルな正午
番外編〜クリスマス企画〜







「兄さん。年末の三連休は仕事?」
「いや、カレンダー通りだ」
「兄さん!一生のお願い!」

 毎年、クリスマスはやれケーキが食べたいだイルミネーションが見たいだうるさい弟。今年は何を言いだすのかと思いきや。

「理系科目教えてください!」


****



 秋から留学予定だったエレンは事故で昏睡状態に陥った。目覚めた時には行くはずだった大学の新学期はとっくに過ぎており、兄によって入学手続きは取り消された後だった。
 また、その一件からもう兄は自分と離れて暮らすことは許さず、エレンも積極的に兄から離れることをやめた。そしてこの冬に日本の大学を受験することにした。エレンは今、浪人生だ。

「数学!物理!化学!」

 ばん!ばん!ばん!
 と机を叩きながら憎しみを込めてエレンは叫んだ。

「うるせぇ。ったく…高卒に教わってどうする」
「兄さんすごいと思ったよ。センター試験ほぼ満点だったんだろ?なのに俺のために大学蹴って就職なんて……泣ける」
「別にお前のためじゃねぇ。模試の結果見せてみろ」
「……はい」
「…お前、志望校変えたほうがいいんじゃねぇか?」
「言い訳させてくれ兄さん。俺、生粋の文系なんだ」
「文系理系に生粋も何もねぇだろ。今まで何してた。アルミンに教わってこいって言ったろ」

 リヴァイは、弟が眠っていた時に何度も見舞いに来てくれた幼なじみの名を出した。確か、誰もが名前を知っている都内の有名私大にストレートで合格していたはずだ。

「それがあいつ、クリスマスは予定があるらしいんだよ!どういうことだと思う?」
「リア充ってことだろ」
「リア…兄さんの口からそんな単語が飛び出すなんて…」
「余計なこと言ってねぇでさっさとやれ。俺と同じ仕事がしたいならこの大学のこの学部が最低ランクだ。言っておくがやるからにはみっちり仕込むからな。参考書よこせ」
「はい」
「……ぁあああ!」
「兄さん!?」
「生物の教科書じゃねぇか!」
「ああ…兄さん虫嫌いだもんな」
「……」
「怒るなよ兄さん。たかが生物じゃねぇか」
「てめぇ、わざとか?」
「いくら俺だって教えてもらう身でんなことしねーよ!」

 と言いながらも頬が笑いを堪えて引きつっているのを見て、リヴァイはテーブルの下で蹴りを入れた。
 しかしいつまでもくだらない話をしていても仕方がない。受験生には一分一秒も惜しいのだ。叫び声を上げる弟を無視してすちゃりと眼鏡をかける。ちなみにこの眼鏡は仕事中にかけるために購入したもので、家ではあまりしないので珍しい。
 エレンは久しく見ていない兄の姿に叫ぶのをやめて、つい見入ってしまった。こう改めてみると兄は本当に美形である。小柄だし目つきは悪いし一般的なかっこよさとは違うのかもしれない。しかしその立ち振舞いや漂うオーラは常人離れしていて、とても血が繋がっているとは思えない。
 女性からも人気があるし、仕事も勉強もできてついでに家事も完璧。非の打ち所がない。
 そんな兄を見ていたらエレンのテンションが上がった。

「メガネ男子!イケメン!」
「うるっせぇんだよてめぇはやる気あんのかコラァ!!」

 脈絡ない言葉を発した弟にやる気を出し始めたリヴァイがマジギレしたので、エレンはおとなしく受験勉強を進めることにした。元ヤン兄貴は怖いのだ。



****



 リヴァイはスパルタだった。何をやらせてもそつがない彼は、教え方も非常にうまかった。だが日頃の凶悪な性格までは補えず、公式だの数式だの頭にたたき込まれる恐怖の個人授業は夕方まで続いた。
 日が沈み始めた頃、ようやく一息つくことになった。

「よし。ここまでだ。休憩するぞ」
「だぁぁ…疲れた…」
「何か飲むか?」
「それより、兄さん。腹へった」

 手足を投げ出してエレンが言うと、キッチンへ行こうとしていたリヴァイは嫌そうに眉を寄せる。

「……今日は当番てめーだぞ」
「鬼?兄さんて鬼?受験生の俺に夕飯作れって?」
「…わかった。その代わり俺が作ってる間サボったら吊す」
「吊す!?」
「何が食いたい?」
「え?まじでいいの!ありがとう兄さん!」
「ああ」
「大好き!」
「あ?ああ。で、何がいい」
「ケンタッキーフライドチキン」
「……」
「これなら作らなくていいだろ!買ってきてよ〜」
「……なんでてめぇはそういう軽薄なものが好きなんだ…」
「クリスマスじゃん!いいだろ兄さんの立体機動ならすぐだろ」
「要らねぇことばっか覚えやがって…」
「可愛い弟のためじゃん!」

 にっと笑う弟はどこから見ても小憎らしくて、全然可愛くない。しかも最近はリヴァイの作ったシミュレーションの内容を織り交ぜながらからかうようになり、そのたびにリヴァイはイラッとしていた。兄弟なだけあって、お互いの弱点は把握済みなのである。
それはリヴァイにも言えることだが。

「……昔はにいにーにいにーって可愛かったのにな」
「は!?それは10年以上前の話だろ!?」
「にいにと結婚するーって言ってたな」
「いいい言ってねーよ!!兄さんの妄想だろ!!この変態兵長!」
「次言ったら殺す」
「すみませんリヴァイ兵長」
「こいつ…」

 シミュレーションの中とは違い、現実の二人は軽口を叩きあうごくごく普通の兄弟だ。エレンはすぐにリヴァイに突っ掛かるし、末っ子気質でわがままだ。
 可能世界のエレンに手を出してしまったのを嫉妬するどころか普段は勝てないリヴァイの最大の弱みを手に入れたと嬉々とする姿には呆れた。こっちは意識不明のエレンを本気で心配していたというのに。
…シミュレーションのエレンはおとなしくて従順で可愛かった。口ごたえもしなかったし言うことも聞いてくれた。クリスマスはログインしてあいつと過ごすか。
 いやそれはそれで虚しい感じもする。

 コートに腕を通し車のキーを持って部屋を出ると、ダウンを着込みマフラーをぐるぐる巻きにしている弟の姿があった。

「てめぇはどこへ行くつもりだ」
「え?俺も行こうと思って」
「駄目だ。お前は続きだ」
「でも俺、昼間から缶詰でもう死にそうなんだよ〜気分転換くらいいいだろ〜」

 そう言ってかぽっ!と耳あてを装着するエレン。
 なんだオイ可愛いな。

「しょうがねぇな。いくぞエレン」
「はい!兵長!」
「次言ったら犯す」
「……」
「そこは黙るのか」



 その日もうエレンは絶対に兵長とは言わなかったのに、夜はしっかり犯された上に軍隊の上司と新人という人様には言えないような恥ずかしい設定を強要され挙げ句の果てには10数年ぶりに「にいに」と呼ばされ死ぬほど恥ずかしい思いを次々とすることになった。

メリークリスマス。



end